芸術の秋。映像のアートに浸る vol.2 文学の映像化は数々あれど…『春の雪』

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文学の映像化作品は数々あれど、観終わった後、こんなに原作を読みたくなった映画は、今までにありませんでした。「こんな話だったっけ」と思ってしまった『春の雪』。もちろん、物語の筋は確かに“そのもの”なのですが、何かが違う。その何かを言葉で表現するとしたら“世界観”とでも言いましょうか。

私は三島由紀夫のファンです。ファンからすると、三島の世界を完全映画化するなどということは絶対に不可能。独特の言い回し、字面にまでこだわって選ばれた文字の数々、行間から匂いたつ官能。そこに存在している世界は、そのすべてが混ざり合い、結合してできたもの。三島文学という確立された次元の中でのみ表現可能なものばかり。そんな三島の作品が、何度も映像化されてきたなんて、すごいこと。しかも、今回映画化された『春の雪』は、三島の遺作である『豊饒の海』の第一部。つまり、ファンにとってはある種の聖域。これまでの中でも、最も大きな“不可能への挑戦”とも呼べるでしょう。ただ、不可能と思われるからこそ、映像作家たちは魅了されるのかもしれません。ジョン・アーヴィングの小説しかり、オスカー・ワイルドの作品しかり…。

複雑でねじくれた青年、清顕を演じるには爽やかすぎる妻夫木聡はさておいて、これまでで一番納得できた竹内結子、周辺を固めるベテラン陣、そして何よりスケールの大きい美術は見もの。が、しかし…。

映画を観て、こんな話だっけと想った理由は、映画で受けた物語の印象が、許されぬ恋に身を焦がす美男美女のラブストーリーというよりも、身勝手な青年が、周囲の迷惑も考えず勝手なことをやっているという印象だったせいもあります。原作では、あんなにロマンティックで切なく感じられた物語が、わがまま坊主の身もふたもない恋愛騒動にしか見えないのは、私が年を重ねたせいなのか。

三島のような作家は、物語の意外性を売りにする作家とは違い、物語を、そしてその物語に潜む人間の本質というものを、独自の口調で語る術を持った人。こういう作家の作品って、映像化するのが最も難しいはず。つまるところ、三島作品が素晴らしいのは、物語だけの魅力ではないわけで、ストーリーをなぞるだけでは、作家が描いた本質は浮かび上がりにくいということなのでしょう。だからそれが映像の中で実現できないからと言って、きっと誰が悪いわけでもないのです。実際に、「ここまでやったなんて凄い」という気持ちにはさせられるのも事実なわけで。

と、いろいろ想いはめぐるのですが、やはり三島の美学は三島文学の中だけに存在するのだと改めて認識。そんなことは当たり前のことなので、映画を原作とは切り離し、別物として観るべきなのか。それとも、そこに微かに存在する三島の美学を見つけ出してみるのか。自分なりの楽しみ方、見つけてみてくださいませ。


《text:June Makiguchi》
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