「映画は哲学を超越する」ブリュノ・デュモン監督『フランドル』インタビュー

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ブルーノ・デュモン監督『フランドル』
  • ブルーノ・デュモン監督『フランドル』
  • 『フランドル』 -(C) 2005 3B PRODUCTIONS/ARTE France CINEMA/LE FRESNOY
  • 『フランドル』 ブリュノ・デュモン
長編第1作目の『ジーザスの日々』が97年のカンヌ国際映画祭カメラドール特別賞(新人賞)を受賞したほか、各国の映画祭で多くの賞を受賞。そして2作目『ユマニテ』ではカンヌ国際映画祭のグランプリを受賞するなど、その卓越した表現力が定評のブリュノ・デュモン監督。その彼の新作『フランドル』はフランス映画祭で上映され、4月28日(土)に公開初日を迎える。映画祭で来日した監督に作品について話を聞いた。

哲学に造詣が深く、映画監督になる前は哲学の教師でもあったというデュモン監督は哲学と映画の違いについて、「哲学というのはやはり精神的なもの。頭の中でいろいろなことを考えながら何かすることなんです。映画でできることというのは、そうした精神的なものを超越するということなのではないでしょうか」と語る。

「やはり哲学ではたどり着けないような空気を出すことなのだと思っています。哲学でやっていることとほとんど同じことをやっているんですが、直接触ることができないもの、例えば身体とか、感覚、五感、または風景、そういったものを感じることができるのが映画だと思います」。

デュモン監督の作品には、いわゆる誰もが知っているような俳優は登場しない。素人俳優を起用することが多い監督のキャスティングのポイントを聞いてみると、「それは、すごく難しいプロセスで、映画を作る上で非常に重要です。作品数がどうしても少なくなってしまうのは、このせいですね」と言う。

「シナリオを書いている時に自分の頭の中で架空の人物像というのが出来上がっていくんです。けれどもキャスティングする時に実際に並んだ俳優たちを目の前にすると、私が考えていた架空の人物像を打ち破るような人が現れる。がっかりすることも、もちろんあります。理想の人物だと思っても実際には、それがずれていたりとかね。だからその俳優が、演じるキャラクターと自分自身とを行き来できるかどうか、そのキャパシティがあるのかを重要視するんです。それを見極めるのに、どうしても時間がかかってしまうんですよね」。

性と暴力。デュモン監督作品について回るこの2つの主題は『フランドル』でも、幅を利かせている。フランドル地方の小さな村で暮らす少女・バルブは、村の男たちと性行為を重ねる。それはまるで、相手の暴力を受け入れ、進んで自らを傷つけているように見える。
「バルブという女性は、男性が描く女性のファンタズムの表れです。彼女からは社会性や現実味というものが完全に排除されている。女性というものを部分的に象徴する存在なのです。バルブが体現しているのは“欲望”であって、決して“愛”ではないんですよ」。

たしかに、行為によって自らを傷つけ、それでも行為によって救われるバルブの姿は、「撮影当初からエンディングで愛に行き着くことを考えていた」という監督の意図通りだ。

「でも実を言うと、映画の中のバルブは私が最初にイメージした人物像とは全く違うんです。映画の中のバルブはアドレイド自身が作りあげていったキャラクターなんですよ。彼女には自分とバルブを行き来する能力があったということです」。
《text:cinemacafe.net》

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