「今までのキャリアを全部吹っ飛ばした」北野武が語る『監督・ばんざい!』

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タケシ人形と北野監督 photo:HIRAROCK
  • タケシ人形と北野監督 photo:HIRAROCK
  • 『監督・ばんざい!』 北野武 photo:HIRAROCK
  • 『監督・ばんざい!』 北野武 photo:HIRAROCK
これまでの北野作品とは違う、それでいてやっぱり北野武だな、と思える『監督・ばんざい!』。“世界のキタノ”と呼ばれ、海外の映画祭でも人気が高いが、「俺には映画をバカにしているところがある。だからこそ、これだけ当たらない映画を積み上げてこれたんじゃない?」と笑う北野監督に話を聞いた。

「もう二度とギャング映画は撮らない」。そう言い切ってしまったキタノ・タケシ監督が、いろいろなジャンルに挑戦するが、どうにも上手く行かない。そうこうするうちに思いついたのが、ある母と娘の物語だった…詐欺師だけど。

作品そのものの設定上、『監督・ばんざい!』には、いろいろなシチュエーションが登場する。アクションあり、昭和30年代あり、白黒あり。撮影をする上で、そのバラエティに富んだ設定が障害になることはなかったのだろうか?

「あまりなかったなぁ。ロケ場所との関係で言えば、(昭和30年代の)子供時代の話の次の日には忍者の立ち回りやってたよ。そうするとペンキ屋の親父の次の日には、いきなり忍者になってて、そのまた次の日は彼女の隣で国立美術館の中を歩いていたみたいなことをやってるから。何だろうね、癖がついてるんだか、『今日はこのシーン』となったら、もう前日のことなんか忘れちゃってるんだよ。結局、全部に顔を出しているのはこっちで、他はそのシチュエーションの俳優さんがやるから、自分だけ気持ちを変えればいいことだからね」と、あっさり。とは言え、このあっさり感には他にも理由があった!

「あとは編集がある、っていつも思うから。俺には編集がついてるから“(撮影で)失敗しても大丈夫”って。最終的には、それで失敗するんだけどね(笑)。結局俺が俳優だけやってて、違う監督だったら、とてもじゃないけど切り替えできないと思うね。監督の言われた通りにやらないといけないから。でも自分が監督で、自分が演ってるんだから、“ま、いいか”ってのがあるんだよね(笑)。誰も文句言わないから、『ま、いいや。オッケー』って。疲れてる時に、自分でわざわざダメ出ししないもん。それが癖だから、“このくらいでいいか”って。でも、たいていそういうシーンはあんまり映画には使ってないけどね」。…北野節炸裂である。

今年のカンヌ映画祭では60回記念企画である『トゥー・イーチ・ヒズ・オウン・シネマ(原題)』にも、日本からただ一人選出された北野監督。それだけ監督の作品はヨーロッパでの人気が高い。しかし、そこに監督のジレンマがあったという。

「自分に対するイメージが固定されてしまっている感じがすごくしていたんだよね。特に海外に行くと、ギャングだとか死をテーマにしたとか、そこで縛られちゃっていた。それが『TAKESHIS'』辺りで一番ヒドイところに来ちゃって、これはマズイな、と。そういうイメージを全部取っ払わないと新しい映画は出来ないな、っていう気持ちで出来たのがこの『監督・ばんざい!』なんだよね」。

映画人・北野武というよりは、芸人・ビートたけしのイメージが満載の本作を撮っている最中に、暗中模索から抜け出すことが出来たようだ。
「新しい“映画に対する概念”というか、そういうようなものが分かったよ。おかげさまで、という感じだね。これでドカーンと全部取っ払って、今までのキャリアも全部吹っ飛ばした感じがあるよ」。

「行き詰まっているけど、俺は行き詰まる前にたいてい逃げるタイプ」と自身を評した北野武。それでも映画からは、まだ逃げないでいてくれるそうだ。
「逃げようと思っていたんだけど(笑)、この映画を撮ってる時に『あぁそうか』って何本かネタが出来たんだよ。それをやらなきゃな。ギャング映画ももちろん撮るよ。あれは映画のネタだからさ。やくざ映画とかあの大物俳優さんとかで撮りたいよね。彼で撮りたいのはやくざ映画とお笑い映画(笑)。お笑い映画撮りたいねぇ。その役者さんが一言言うと、みんなコケルとかさ(笑)」。

『監督・ばんざい!』で開けた新たな北野ワールドは、まだまだ続きそうだ。しかも、『トゥー・イーチ・ヒズ・オウン・シネマ(原題)』の1編である短編作品『素晴らしき休日』は本作と同時上映が決定した。この機会にぜひ、“新・北野ワールド”を堪能してほしい。

《photo:Hirarock》

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