梅雨を忘れる清涼な映画vol.2 あの頃の甘酸っぱい憧れを。『サイドカーに犬』

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『サイドカーに犬』
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子供の頃に、今の自分くらいの大人を見て、とてつもなく遠い存在だと感じたことはありませんでしたか? 親でも、親戚でも、近所のおじちゃん、おばちゃんでもない大人。子供の頃は、誰なのかよく分からないのに親しい大人というのがいたものです。どういう知り合いなのかはっきりしないけれどよく家にやって来る人とか、親と仲が良い人とか。会うと挨拶はするし、お小遣いをもらったりするけれど、本当のところ、いったい誰なのかわからない人たち。そういう人のことは、○○のおじちゃん(もしくはおばちゃん、お姉さん)ではなく、たいてい「○○さん」と名前で呼んでいました。自分との関係性が不明瞭だから。

根岸吉太郎監督の新作『サイドカーに犬』に登場する主人公・薫も、そんな女性と出会います。父親と喧嘩ばかりしていたと思ったら、ある日突然、母親が家出してしまい、ほどなく父親は、残された家族の世話をさせるため、見知らぬ謎の女性“ヨーコさん”を家に連れてくるのです。

自分はヨーコさんを知らないのに、どうやらヨーコさんは自分を知っている様子。彼女は、母親とは全く正反対。母親が禁じていたコカ・コーラを「は? 骨が解ける? あっはっは」と気にせずに飲ませてくれるし、麦チョコだって大きなお皿いっぱいに犬のエサさながらに盛ってくれる。そんな驚きと戸惑いの連続の中で、薫は母が守っていた家庭とは違う“外界”というものに触れていくのです。

親だって大人だし、学校や近所だって外界には違いないけれど、子供の頃は、ある人や物、事の出現によって自分の世界が一気に膨張するということがあったはず。世間が突然、生々しさを持ち始めるというか。それは人によっては文学だったり、音楽だったり、初恋の相手だったりもするのでしょうが、主人公にとっては、妙にさばさばしていて、子供が戸惑いながらも最も憧れるタイプの豪快さと大雑把さを持った女性・ヨーコさんだったというわけです。「こんなこと、してもいいんだ」「こういう人って、いるんだ」と、突然、目の前の世界が広がる。胡散臭さとか、淫靡さとか、罪悪感とか、大人の世界のそういうものも全部ひっくるめて取り込みながら。

こういった多感な時期の、漠然とした感覚を映像作品で表現するのは難しいものですが、根岸監督は見事な手腕で、私にアノ頃の追体験をさせてくれました。実は今までちょっと苦手だった竹内結子も、これまでのどこかお嬢様的な印象とは打って変わったさばさばぶりで貢献度高し。プライベートでさばさばしちゃったのが、かえってよかったのでしょうか。と、余計なお世話は置いといて。 

お定まりのハッピーエンドが待っているわけではない本作、観終わった後は、初夏の爽やかな風を思わせる清涼感が心に残ります。それは、子供の頃に感じていた“大人の世界への甘酸っぱい憧れ”を思い出させてくれるからなのかもしれません。ところで、タイトルである“サイドカーに犬”の意味、ぜひ本編を観て、その謎を解明してみてくださいませ。

《text:June Makiguchi》

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