今こそ平和について考えたい『ヒロシマナガサキ』スティーヴン・オカザキ監督が語る

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『ヒロシマナガサキ』スティーヴン・オカザキ監督
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14人の被爆者と実際の爆撃に関与した4人のアメリカ人の証言、そして記録映像や資料──。これが広島、長崎の原爆投下に関するドキュメンタリー『ヒロシマナガサキ』を構成する3要素である。原爆投下から60年あまり、日系三世であるスティーヴン・オカザキ監督に話を聞いた。

「日本人とアメリカ人、特にどちらかに対して訴えたいという気持ちで作ったというよりも、ただ被爆者の証言、目撃者の証言というものを映画という形で包括的に完成度の高い作品として、エンターテイメントとして──というのはおかしいかもしれませんが──、ちゃんとした映画として作り上げたかったんです。観客が退屈しないように楽しんでもらえるように作らなければならない。ただ、アメリカの記録映画などを使っている前半は、アメリカの観客に観てもらいたいという意識が多少はあったかもしれません。ですが、最終的には普遍的に、世界中の多くの方に観てもらいたいと思っています。作品の中で説教的に何かを訴えかけようという気持ちが強すぎると、逆に観客には何も伝わらないと思っているので、私にできる一番のことは、真実に対して出来る限り誠実に語ることでした。記録映像や写真を使う時には、リアルタイムで実際に起きた時のように使わなければならないと、そういったところは誠実に作ったつもりです」。

これが日本人に訴えたかったこと、アメリカ人に伝えたいことに、差があるのかと質問した時の監督の答えだ。なぜなら映画を観ていて、60余年という月日が少しずつ原爆の記憶を薄めていることへ一抹の不安を覚えると同時に、劇中に流される当時のテレビ番組の模様を不快に感じたからだ。日本人と米軍人が仲直りをするかのように握手をする。その様子はどこか空々しさく、監督は一体、誰に何を訴えたいのだろうかと、少し不思議に感じたからだ。

「作品自体、とても重いテーマになっています。その重い雰囲気をずっと続けても大変なので、いろんな意味でのブレイク、重い被爆の体験からちょっと離れて、また戻る必要があると感じました。そして、アメリカの観客と何らかの関連性を作りたかったんです。あの番組は、アメリカ人と日本人の接触という意味で、非常に肝心な出来事だったんです。確かに空々しいかもしれないけど、番組の中で、例えば被爆者の方が、スクリーンの後ろに隠されて、その影しか映されていなかったりする。それはアメリカ人の持つ被爆者に対する居心地の悪さというのを表現していて、非常に興味深かったので、それも含めたいと思いました」。

この『ヒロシマナガサキ』前の『マッシュルームクラブ』という中編では、アカデミー賞ドキュメンタリー映画賞にノミネートされた監督。その名の通り、こちらも原爆がテーマになっている。英訳の「はだしのゲン」を読んで以来、広島、長崎の原爆投下について関心を深めてきた彼に、なぜ、これほどまでにこのテーマに興味を持っているのか聞いてみた。
「正直に言うと自分でも分からないんです。何か惹かれるものがあるというよりも、どんどん引き込まれていくという感じです。その“広島”という課題を自分の人生から押し出そうとしたこともあります。広島しか扱わない映像作家だと思われるのもいやでしたから、ほかの作品もたくさん撮りました。重く真面目なテーマの映画しか作らないと見られるのもいやでした。そうやって何度も広島を避けようとしたのですが、なぜか戻ってきてしまう。こうなってしまえば、もう広島と長崎に関わるというのが一種の運命にも感じられてきますね。今なお広島は私の人生の中で非常に肝心なものになっています」。

アメリカHBOドキュメンタリーフィルムの援助により製作された『ヒロシマナガサキ』。今年の8月6日(月)、全米に向けてテレビで放映される予定だそうだ。アメリカ、世界の人々に原爆投下の真実を知らせるとともに、私たち日本人も、改めて平和について考えなければならない時に来ているのだと思う。
《text:cinemacafe.net》

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