『譜めくりの女』ドゥニ・デルクール監督「日本のいろいろなものに影響された脚本」

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『譜めくりの女』ドゥニ・デルクール監督
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  • 『譜めくりの女』 -(C) Phillippe Quaisse
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2006年のカンヌ国際映画祭の「ある視点」部門で公式上映され絶賛を浴びた『譜めくりの女』。ピアニストになりたいとコンセルヴァトワールの試験を受けた少女・メラニーだったが、審査員である女性ピアニスト・アリアーヌのせいで試験に失敗してしまい、ピアニストになる夢を封印してしまう。数年後、成長したメラニーはアリアーヌと再会するが…。メラニーの複雑な心理描写にクラシック音楽の構成を取り入れた緻密な作品と高い評価を得た本作の監督、ドゥニ・デルクール監督に話を聞いた。

「特にコレという着想があったというよりは、いろんな要素が絡まって、この脚本に落ち着いたんです」。本作の着想について聞いてみると困ったような顔でこう答えてくれた。
「何か復讐劇みたいなものをやってみたいと思っていたことは確かです。それにクラシック音楽を絡めてみたかった。実はこの脚本は日本で執筆したんですよ。日本の環境に囲まれて、日本のいろいろなものが影響していると思います」。

デルクール監督は2005年にフランス外務省の招聘で研究者として京都に半年間滞在した経験を持つ。
「私自身、すごく日本に対して共感を持っているんです。日本人ってアメリカナイズされていると思われていますが、実のところ、ヨーロッパに近いんじゃないかと思うんです。日本滞在中に日本人のメンタリティも、ある程度理解したと思っているんですが、アメリカ的ではないですね。例えばハリウッド映画などは白黒ハッキリした勧善懲悪みたいな世界なんだけど、日本やヨーロッパの映画はもうちょっとニュアンスがあると思います。この映画は『リング』などを参考にしているんですが、中田(秀夫)監督はアメリカで映画を作っていらっしゃいますが、居心地悪い思いをしたんじゃないかな。ヨーロッパで作った方が良かったんじゃないかと思いますね」。

ピアニストを目指す者として尊敬していたアリアーヌ本人のせいで、自身の夢を絶たれてしまったメラニー。彼女のアリアーヌに対する敬愛と憎悪のバランス表現がとにかく素晴らしい。
「(メラニーを演じた)デボラ(・フランソワ)の演技はいろいろな人にいろいろな解釈を許すところがすごいんです。本作では“間”を大事にしたんです。それを自分の中に持って演技をしろと言ったら、『あ〜もう! この監督はやってられない!』みたいに言われちゃいました。すごく日本的だって言われましたね(笑)」。

自身もヴィオラ奏者として音楽活動を続けているデルクール監督。音楽と映画は“時間の芸術”だと言う。
「例えば絵画なんかは、パッと見た“瞬間”ですよね。でも音楽や映画は継続する芸術だと思うんです。そういう意味で“時間”について私がこだわっているところは、監督業と音楽家としてのキャリアに共通する部分です。映画を観るときは映画館の中に入りますよね。そうすると、映画作家としての時間を生きているという気がします。それは、コンサート会場でも同じなんです。コンサート会場では、音楽家としての時間を生きるんです。私は映画を撮るときには俳優に正確な演技を求めるんです。音楽家は正確な音を出そうとしますよね。どうしてもこの音がほしい! というのがあるんですが、監督業のときはそういう演技を求めるんです。それからリズム。演技にもリズムが必要だと思っています。ただ、撮影中は、まるで耳栓をするかのように音楽家の耳を捨て、目に徹することはあります。『譜めくりの女』のような映画の撮影は、とても音楽と共通する部分が多かったです。緊張と緩和、その繰り返しです。このふたつを取り混ぜたテンポがすごく似ていますね」。

「誰も分かってくれないかもしれない。でも私にとって“芸術と時間”というのは私が常にこだわっている部分なんです」。
《text:cinemacafe.net》

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