映画、この視点vol.1 人間の本質を見る『ブラインドネス』

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『ブラインドネス』 -(C) 2008 Rhombus Media/O2 Filmes/Bee Vine Pictures
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ブラジル出身の注目監督、フェルナンド・メイレレス。アカデミー賞監督賞にもノミネートされた『シティ・オブ・ゴッド』で一気に世界にその名を知られ、『ナイロビの蜂』でさらに多くの人々の心を掴んだ彼。新作は、ジュリアン・ムーア主演の『ブラインドネス』。原作はジョゼ・サラマーゴによる小説。一人の男の失明に始まった原因不明の伝染病が世界に蔓延するという物語。でも、物語からイメージするようなパニック映画ではありません。パニック映画の様相を呈した、痛いぐらいに人間の本質に迫るヒューマンドラマとでも言いましょうか。社会を構成する全員の目が見えなくなることにより、社会を形成していた秩序が崩れ、人々の原始的な部分、動物的な部分が露出していくのです。

この映画の中での“失明”は、物語を進めるひとつのきっかけに過ぎません。この伝染病により、人類が何千年の間に育んできた価値観や優先順位が変わり、栄えていた文明や文化が崩壊していくさまが見事に表現されているのです。ですから、これまでのこのようなモチーフを使う映画にありがちな、救世主は登場しません。主人公の女性だけは、なぜか視力を失わないのですが、彼女もいわゆるパニック映画のヒロイン的存在ではなく、そのほかの人々や地球を救おうとするわけではありません。解決の手立てを探すわけでも、その能力があるわけでもなく、ただただ人々に寄り添い、社会の崩壊をただ一人“目撃”するのです。

そして、彼女と共に、これでもかと言うほど人間の野獣性を見せられた後にやってくるのは、あまりにあっけないエンディング。でも、このエンディングだからこそ、これが体験共有の物語でもあったのだと感じられることでしょう。人は、どんな過酷な状況でも、それを共有できる人間がいるとほんの少しでも勇気が出るもの。視力を失ったのが自分ただ一人なら、その辛さは想像を絶するものでしょう。でも、全世界の人々が同様にそうなったとしたら、人間はとまどいながらも順応していくのかもしれません。そこで人は、はたと考えます。その状況下で、自分だけが見えるとしたら、それはチカラとなるのか、それとも弱みになるのか、と。その恵まれた能力は、不要なものになるのか…。

凄まじいほどの人間たちの急激な変化、社会の崩壊と、見たくないものも見届けなくてはいけない過酷な運命を背負うとしたら、それは決してパワー=権力にはなりえないのかもしれません。全世界の人が体験したことを自分だけが体験できないなら、「見えない」ことを共有できない孤独感とともに、未体験が弱みにさえなりうるのです。そう考えてみると、あっけなく感じる意外なラストにも大きな意味が隠されていることを肌で感じるはず。反対に、それを考えずにラストを観ると、「は? 何これ?」ということになるはずです。

もしかすると、この映画での“ブラインドネス”が示す盲目性とは、一種のメタファーなのかもしれません。相手に対する敬意や、価値基準、秩序などが見えなくなるということ。さらに言えば、本作は人種や国籍、信仰や資産で人の価値をはかり、人間性を見ない人々への警告なのかもしれません。

でも、もしそんな価値基準が蔓延したとしたら? その中で、ただ一人で人間重視の価値を重んじようとすることに何の意味があるのか? そんなことを考えさせてくれます。

パニック映画として観ても、恐ろしいほどのリアルさで迫ってくる『ブラインドネス』。でも、ひとひねりしたこんな視点で覗いてみると、驚くほどの深さを持った作品だと感じられることでしょう。社会の本質と、そこに潜む脆弱性をほんの120分で表現してみせたのですから。フェルナンド・メイレレス、恐るべし。やっぱり只者ではありませんでした。

あ、そうそう。木村佳乃、伊勢谷友介も素敵でしたよ。ちょっと外人っぽい演技だったけれど。

《text:June Makiguchi》

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