美しき男たちvol.2 『シングルマン』から見えてくる“時代”

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『シングルマン』 -(C)  2009 Fade to Black Productions, Inc. All Rights Reserved.
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映画『シングルマン』を観たとき、思わず、「おかえりなさい」と思ったのは私だけでしょうか。ここのところ、ちょっとコミカルな役どころが多かったコリン・ファース。彼の実力を、久々にシリアスな演技でしっかりと堪能できるのがこの作品でした。

しかも、彼はゲイの教授・ジョージ役。最愛のパートナーであるジムを失い、生きる意味を見出せなくなった男の物語である本作、「死んだのがジョージのパートナーではなくて、彼の妻だったとしても同じ物語になるだろうね。これはラブストーリーであり、ひとりの男が人生の意味を探求する物語であり、そのテーマは普遍なんだ」と監督のトム・フォード。でも、同性愛者が抱える苦悩を繊細ながら見事に描写しています。そんなこともあって、映画『アナザー・カントリー』を愛する者としては、やはりコリンには「この世界に戻ってきたのね、おかえり」と言わずにはいられませんでした。

『アナザー・カントリー』は、英国の名門パブリックスクールであるイートン校を舞台に、美しき男たちの世界を狂おしく描いたドラマ。1930年代のお話ではありますが、同性愛が社会から忌み嫌われていた時代に、禁じられた愛にのめりこんでいく男たちの姿がなんとも切ない作品です。1980年代に公開されたこの作品がある種引き金となって、その後、同性愛を描く作品は増えていきました。もしかすると、この公開時期は、時代が同性愛に寛容となってきた時期と重なるのかもしれません。とはいえ30年以上を経たいまが、当時よりも断然寛容になっていると胸を張ることはできないのですが。

それでも、『シングルマン』の舞台となった1962年は、いまよりももっと多くの人がゲイたちを誤解していた時代。しかも主人公は教育者ですから、親しい友人や家族にしかカミングアウトしていないのです。その上、事実を知る人にも完全に理解されているとは言いがたく。ジョージは、16年間共に暮らしたジムが事故で突然亡くなったとき、ジムの従兄弟からの知らせを受けて打ちひしがれます。そして、愛する者の死という衝撃と共に直面したのは、ジムの親がジョージには息子の死を知らせるなと言っていた残酷な事実。従兄弟は、それでもジョージに知らせるべきだと、独断で電話してきたと伝えるのです。さらに、「葬式に出席するため、すぐにそちらに向かう」と言ったジョージに、「葬式は家族だけで行う」と告げもします。16年人生を共にしていても、家族からパートナーだと認められない悲しみと悔しさ。ひとり嗚咽するジョージ。この作品で唯一、ジョージが感情を激しく露わにするこのシーンには、愛する者のそばに居られない深い悲しみと共に、虐げられる者たちの深い苦悩が切なく表現されているのです。いま以上に差別が激しかった60年代の時代背景も、ここで手に取るように見えてくるというわけです。

そんなジョージとは違い、そんな苦悩を激しい怒りとしてアウトプットしている人物を描いているのが、『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』。1960年代後半から始まるこの作品は、同性愛者ではなく、性転換手術を受けた元少年ヘドウィグの半生を描いています。手術後も股間に残ってしまった手術痕“アングリーインチ(怒りの1インチ)”のせいもあり、求めていた愛を失ったり、裏切られたり。それでも、どこかにいるはずの自分の片割れを探し求めるのです。彼が手術痕を“アングリーインチ”と呼ぶのは、手術の失敗に対する怒りだけではないはず。心は女性なのに性別は男として生まれてきてしまった悲しさ、それによって差別されることの無念さもあるのでしょう。マイノリティゆえの悲しみを静かに飲み込む『シングルマン』のジョージと、様々な怒りを歌へのエネルギーに変えていくヘドウィグとは、同じ60年代といえども全く違うメンタリティを感じます。立場や性格、環境の違いによって、生きざまにも違いがでてくるものなのでしょう。つまりは、怒りや悲しみのエネルギー転換の仕方も人それぞれに。悲しみが表面化するのか、怒りが表面化するのかも、人それぞれというわけです。

差別を受け、感じる必要のない深い悲しみや怒りを経験せざるを得ないジョージやヘドウィグのようなマイノリティのために戦い、最低限度の権利を勝ち取った人物といえば、サンフランシスコで市政執行委員に当選した実在の政治家ハーヴィー・ミルクです。彼が活躍したのは1970年代ですが、ミルクもジョージやヘドウィグのような苦悩を経てきたからこそ、それをバネにして変革と希望を人々にもたらすことができました。残念ながら、敵対する政治家によって殺害されてしまいましたが、これも彼が同性愛者だったことと深い関わりがあるとなると、悲しみもひとしおです。

そんなミルクのおかげでマイノリティは最低限の権利を主張できるようになりましたが、差別がなくなるまでには至っていないのが現状でしょう。名画『トーチソング・トリロジー』で最も有名な母と息子の口論のシーンは、80年代が舞台のエピソードで、ハーヴィー・ミルクが最低限のゲイの人権を制度的に認めさせた後のこと。母親はゲイの息子を、異常だと決めつけ「まともじゃない。歪んでいるわ」とののしります。長年にわたり、ありのままの自分を受け入れてくれない母の不寛容に苦しんできた息子は、「愛と尊敬以外は人に求めない。その二つをくれない人は、自分の人生から出て行って」と言い放つのです。傷つき葛藤しながらも、威厳を生きていくための辛い選択だったのです。いまも、こんなやりとりが家族の間で行われているのではないでしょうか。

『シングルマン』の中で描かれたジョージの苦悩は、いまも完全になくなったわけではありません。つまり、これは私たちが昔から直面してきた古くて新しい問題。時代が変わっても、人が変わらなければ、なくならないものもあります。それを考えると、マイノリティ差別は時代の産物ではないということなのかもしれませんね。

vol.1 『シングルマン』を彩るファッションと美学
vol.3 9/28 coming soon

《text:cinemacafe.net》

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