佐藤浩市インタビュー 50代を迎え「『こんなに小僧なのか?』って焦ってます」

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『最後の忠臣蔵』 佐藤浩市
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少しだけ気だるそうに、そして時折、辛辣で毒っぽさを含んだ言葉を交えつつ、映画について語る佐藤浩市の口調からは、映画という仕事への確かな愛情と情熱がひしひしと伝わってくる。つい先日、50歳の誕生日を迎えたばかりの彼の最新作『最後の忠臣蔵』が公開となった。佐藤さんが演じたのは、四十七士のひとりとして吉良邸討ち入りに参加しつつも、最後に同志たちと共に死ぬことを許されなかった寺坂吉右衛門。作品について、映画という仕事について、そして俳優人生について——佐藤浩市が、語りつくす。

寺坂吉右衛門が“生”を感じる瞬間に興味を感じた

「僕自身、きちっとした『忠臣蔵』には興味がない」と佐藤さん。今回の“後日譚”とも言うべき物語について「日本人に愛され続けてきたあの『忠臣蔵』の世界とは違ったところの面白さがある」と語る。
「これまで僕がやって来た『忠臣蔵』は、『忠臣蔵外伝四谷怪談』であれ、TVドラマの『1/47』にしろ、言葉は悪いけどある意味“なんちゃって忠臣蔵”なんです。日本人が愛し続けてきた忠臣蔵というのは、忠義や組織論、自分の生とは別のところに価値を置くという美徳といった部分なんですけど、今回の映画も含めて、僕が演ってきたのは人間くささや生々しい人間の姿に焦点を当てた物語なんです。それは『新選組!』(NHK)で芹沢鴨を演じたことにも繋がってくるんだけど…。例えば『土方歳三をやらないか?』という話はこれまでもあったけど、正統的な『忠臣蔵』と同じで僕はそこ(=正統的な『新撰組』)には全く興味がない。だけど芹沢鴨の、己の器を知る哀しさとかそういう部分を演じるのには惹かれる。“埋没感”っていうのかな…」。

では今回演じた寺坂吉右衛門については? 大石内蔵助から、志士たちの遺族の今後を託されて“生かされた”吉右衛門という男のどの部分に共感や面白さを抱き、役を作り上げていったのだろうか?
「この男が自分の“生”を感じる瞬間ですね。彼の中で、唯一楽しみにしていたのが、(遺族のために)お金を届けた先々で必ず尋ねられる『なぜあなたは生き残ったのか?』という質問に答えることなんではないか、と。『これはお話せねばなりませんが…』と自分の人生を否定的に語り出すときに、アイロニカルに自分の“生”というものを感じているんだろう、と。それを(観客に)分かってもらう必要はないんだけれど、そういう部分を自分で作っていきながら吉右衛門になっていくわけですね。それは“共感”というのとは違うかもしれないですが僕なりのやり方なんです」。

本作に続き、来年も『のぼうの城』が公開されるなど時代劇への出演が続く。時代劇に出演するということにはやはり特別な感慨が? そう尋ねても「いや、別に」とそっけない反応…と思いきや、「ただ、こないだね…」と言葉を繋げる。
『のぼうの城』で京都にいたとき、小林正樹監督の『切腹』('62)をフィルムで観る機会があったんです。いま観ると、それほどでもないところはあるんだけど、でもやはり“なんちゃって”時代劇ではないんですよ。役者さんも時代劇から入られた方ばかりで、腰の落ち着き方とか違うんですよ。それを観て『あぁ、もう少しちゃんと時代劇に向き合いたいな』と思ったのは事実ですね」。

「節目で良い作品に出会う“ツキ”があるんですよ」

時代劇に限らず、現代劇、コメディと数々の作品で存在感を示しつつ、50歳を迎えた。40代をふり返っての感想は?
「ソツがなかった、という感じかな…。それなりにこなしてきたという(苦笑)。50代に向けては…また『切腹』の話になるんですが、あの当時、出ている方はほとんど40代半ばで、(主演の)仲代達矢さんに至っては30代ですよ。ところが明らかに、僕と同じくらいか僕よりも年をとって見える。それは、日本人の平均年齢が関係しているんでしょうが、50年前の人たちは明らかに我々より大人だったということなんですよね。10年くらい違いがあるんじゃないかってくらい年を取ることが先送りされてる。実際、『50歳って何だろう?』という感じで50代を迎えてみると『こんなに小僧なのか?』と思うくらい成熟してない(苦笑)。ちゃんと大人になっているはずなのに、大人になりきれていないって焦りを感じてます」。

とは言うものの俳優としては、これ以上ないと言っていい着実なキャリアを積んできたのでは…?
「ツキはあるんですよ。節目で良い作品に出会えてる。30代の頭に『トカレフ』に出会って、そこから確実にキャリアが変わっていったし、その後も石井隆と出会って『GONIN』をやったり。40代で守りに入りそうなときには、三谷(幸喜)さんから『マジックアワー』のような作品をいただけた。節目でチャレンジさせていただけるのは幸せな商売ですね」。

息子の謝恩会で父・三國連太郎と三谷幸喜の本で“共演”

三谷監督の名前が出たついでに、50代を機に舞台も進出する気は? と向けてみるとやはりというべきか「うん、ないね」とツレない返答。
「まあここまでやらないのも意地かな(笑)。でも、息子の学校の卒業式の謝恩会で、三國(連太郎)と一緒に朗読劇をやったんですよ、三谷さんに本書かせて。まあそこで(三國さんと)同じ舞台にいられたというのは良かったですね。あとは別にやりたいと思わない(笑)。やっぱり、自分の中で“好き”と“嫌い”は大きくあるんだけれど、自分を客観視できるものがいいんですね。出来上がったものを自分で見られないと…。19か20で(デビュー作の)『青春の門』に出たんだけど、それまで、映画は好きだったけど、生業としてやっていけるなんて思ってなかった。『どうしていこうか?』って思ってたときに、その映画の最後で(自身が演じた)信介がバイクで去るところの自分の顔のどアップを映画館で見たんです。そのときに、何だろう? 感動でもないし…『あ、これを続けたい』って思ったんです。自分のアップを見て自分なんだけど自分じゃないような感覚を感じてこれが続けられたら、と思った。そのときに改めて、映画だなって本当に思えたんです。それから30年、よく続けてこれたよね」。

「舞台に出るでも自分で撮るでもなく、でも映画に関わってあと15年くらいやれたらいいね」と言って、唇の端を曲げてニヤリ。いやいや、15年じゃ周囲がほっといてくれないだろう。まだまだこれまで見たことのない佐藤浩市を見せてほしい。
《text:cinemacafe.net》

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