戦友・野田秀樹、勘三郎さんに「化けて出てきてくれ!」と悲痛な思い

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戦友・野田秀樹、勘三郎さんに「化けて出てきてくれ!」と悲痛な思い
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歌舞伎俳優の中村勘三郎さんの本葬が12月27日(木)、東京・築地本願寺にてしめやかに営まれ、生前の故人を偲んで関係者、一般弔問客合わせて1万2,000人が足を運んだ。

勘三郎さんは今年7月に食道がんの手術を受け、その後、回復に向かっていたがウイルス性の肺炎を患い、その悪化に伴う急性呼吸窮迫症候群により12月5日(水)に57歳で亡くなった。10日と11日に近親者のみによる通夜と葬儀が自宅で行われたが、長男の勘九郎と二男の七之助の出演していた京都・南座での舞台が26日(水)に千秋楽を迎え、この日、本葬が行われる運びとなった。

勘三郎さんの遺骨と位牌と共に喪主を務める勘九郎と七之助、妻の好江さんを乗せた車は自宅を出発。途中、勘三郎さんの積年の夢を実現させた「平成中村座」の舞台となった浅草、そして現在は改築中の歌舞伎座(東銀座)に立ち寄ったが、浅草では神輿を担ぎ、はっぴをまとった人々や一般のファンを含む700名が勘三郎さんをお出迎え。歌舞伎座前でも200名もの人々が詰めかけ「中村屋!」と威勢のよい掛け声が飛び交った。

築地本願寺の祭壇の中央には「十八代目中村勘三郎を祝う会」にて写真家・篠山紀信によって撮影された手を合わせて優しい笑みを浮かべる故人の遺影が飾られ、その周りを菊やカーネーション、胡蝶蘭が彩った。

弔辞に立った大竹しのぶは「まだ事実を受け入れることができず、途方に暮れています」と沈痛な思いを吐露。勘三郎さんが入院していた病院に足を運び、最期も見とったが「表情だけで、見得を切って看護婦さんたちに拍手をもらってました」と闘病中も周囲に明るさをもたらしていた勘三郎さんの様子を明かした。大竹さんはまた残された家族を気遣い「勘九郎、七之助、(勘九郎さんの長男の)七緒八くんの3人と(勘九郎さんの妻の前田)愛ちゃんを見守ってください。そして何より、愛してやまない好江ちゃんのそばにいて力を貸してください」と勘三郎さんに向かって呼びかけ、「大好きですよ、いまもこれからも。またね」と別れを告げた。

同じく大竹さんらと最期を見とった劇作家の野田秀樹は「親友、盟友、戦友」とその存在の大きさを語り、自身が初めて手がけた歌舞伎「野田版 研辰の討たれ」の初日の思い出を懐かしそうに、寂しそうにふり返る。「安らかなんかに眠ってくれるな。この世のどこかをウロウロしてくれ。化けて出てきてくれ!」と涙ながらに友への思いを口にした。

2人のほかに松竹の迫本淳一取締役社長、勘三郎さんとは同学年の幼なじみである坂東三津五郎、同じく歌舞伎役者の坂田藤十郎、片岡仁左衛門が弔辞を読んだが、いずれもその早すぎる死への無念を口にした。

本葬には松本幸四郎、中村吉衛門、中村橋之助、中村獅童、尾上菊之助、市川海老蔵ら歌舞伎役者のほかにドラマや舞台、映画などで共演したり、プライベートで親交のあった多くの著名人が参列。阿部寛、東山紀之、香取慎吾、草なぎ剛、大野智、二宮和也、櫻井翔、奥田瑛二、宮藤官九郎、阿部サダヲ、宮沢りえ、深津絵里、王貞治(福岡ソフトバンクホークス球団取締役会長)、九重親方(元横綱・千代の富士)、江川卓、郷ひろみ、和田アキ子ら芸能界、スポーツ界から親交のあった人々が数多く訪れた。

勘九郎さんは「こんなに愛されている人の子に生まれたことを誇りに思います」と気丈に語りつつも、参列者に向かい「どうか助けてください…」と頭を下げ、偉大なる父の喪失に際しての悲痛な胸の内を明かした。

戒名は「演暢院釈明鏡大居士(えんちょういんしゃくみょうきょうだいこじ)」。弔辞の前に、勘三郎さんの初舞台である「昔噺桃太郎」(昭和34年/歌舞伎座)を始め、平成中村座の浅草やニューヨークでの公演、さらにはプライベートも交えた映像が流され、故人を偲んだ。
《text:cinemacafe.net》

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