【インタビュー】大森南朋&渡部篤郎 監督・松本人志に「北野武と似たものを感じた」

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大森南朋×渡部篤郎『R100』/Photo:Naoki Kurozu
  • 大森南朋×渡部篤郎『R100』/Photo:Naoki Kurozu
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  • 『R100』 -(C) 吉本興業株式会社
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この2人の実に15年ぶりの共演が、刑事でもヤクザでもなく、法廷ミステリーでも医療サスペンスでもなく、まさか松本人志監督の“問題作”『R100』で実現するとは…。大森南朋と渡部篤郎。確かな演技力は言うにおよばず、独特の存在感と大人の男の色気を放つ2人が、100分の映画の中のわずか数分、主人公と謎の男として奇妙な対峙と交錯を果たす。松本監督の現場について、互いについて、役者という仕事について――40代の2人が語り合う。

■松本人志ワールドの魅力■

「父はM。」というコピーの入ったポスターが都内、いや全国の駅などで見られるが、まさにそのままの物語。マゾヒストの男(既婚・子持ち)が謎の秘密クラブと契約を結んだことで、日常の様々な場面で女王様たちの趣向に満ちた急襲を受けることになるが、次第に攻撃がエスカレートしていき…と説明するのも無意味と言っていいほど奇妙でぶっ飛んだ世界観が展開する。

ぜひとも出演者の2人に解説願いたいところだが、「脚本読んでもよく分かんなかったです(笑)」(大森さん)、「僕も、分からなかったです…」(渡部さん)と2人とも“理解”に重きを置いてはいない。それでも大森さんは松本監督に対し「独特の世界で凄いものを作り続けている人」と語り「(プロットや脚本の)紙の上には書けない何かがあるはずだと思った」と出演を決めた。

渡部さんはいざ演じる段になっても、特に松本監督に役について相談することもなく「何も考えずに現場にいた」という。もちろん、投げやりなわけでもどうでもいいと思っているわけではない。ただ受け止め、松本監督に委ねた。

「大森くんは主人公として組み立てないといけない部分もあったと思うけど、僕の役はそうじゃない。脚本を読んで引き受けて、その通りに演じる。言ってみれば一番難しいことだけど、監督の世界観を壊さずに素直に演じるということ。それだけで楽しかったですね、互いに。新しいものを見せてもらえた、貴重な経験となりました」。

完成した映画に対しても渡部さんは松本監督の豊かなイマジネーションに称賛を惜しまない。

「僕なんかの想像が及ばない方ですよ。発想や頭の中に対して。やはり理解を超えてます。お笑いの世界でトップにいる方ですからね。日本では比較的少ないけど、世界中にはわけの分からない映画がいっぱいある。(スタンリー・)キューブリックや(ピーター・)グリーナウェイとか、誰かが無理に解説しているけど本当はできない。そういう作品だと思いますよ」。

寿司屋で、会社で、電車の通過を待つ踏切前で、突如として女王様は現れ、大森さん演じる片山をいたぶる。一歩間違えば松本監督が出演するバラエティ「笑ってはいけない」の世界だが、大森さんは現場での松本監督について「お笑い芸人としての松本さんと重なるようなところは全くなかった」とあくまで“映画監督”であったと述懐する。

「圧力、存在感…それをオーラと呼ぶのかもしれませんが、確実にありましたね。20年、新しいものを作り続けてトップを張っている人の持つ気配、近づきがたいとも思えるカッコよさがありました。これは監督の前では絶対に言いませんでしたが、北野(武)組と似たものを感じました」。

■先輩と後輩――“いいかげん”な姿がカッコいい■

共演は15年ぶりと書いたが、そのときの映画はミュージシャンの小田和正がメガホンを握った『緑の街』。小田さんが自らを重ね合せた、映画を作ることになったミュージシャンの主人公(渡部さん)と彼を支える助監督(大森さん)という関係。「このときの先輩・後輩の距離を引きずったまま41歳になりました」と大森さんは苦笑する。

それでも、本作で時間はわずかながらも渡部さんと再共演できたことは特別な時間となったという。

「(共演する)その場で『どうします?』と話しながらやっていきました。僕の役はほかのシーンでは突然、やられたりするのが多くて、向き合ってお芝居してセリフを言ってというのが少なかったので、『お芝居したな』と思える貴重なシーンでした。もちろん、その相手が渡部さんというのは頼もしかったです」。

改めて今回の再共演について…と尋ねても、渡部さんの答えは素っ気ない。感慨などはなく、後輩である大森さんが台頭してくるのは必然だったかのように。

「昔からしっかりしていて、力はありましたからね。僕自身、後輩の立場で、またいつか先輩の俳優さんと共演して…という経験はありますよ。いま、こういう風になってよかったねという感じ。でもお芝居することが仕事であり、ある種の日常ですからね、僕らにとって。そこはいつも普通に受け止めているから特別な感情は何もね…」。

そんな言葉の端々からも大森さんの実力を誰よりも認めていることが覗える。では大森さんから見た渡部篤郎とは? そう尋ねようとすると「適当だなと思ってるんじゃない?」と渡部さんが機先を制す。それを引き取りつつ、大森さんが続ける。

「僕らの仕事ってそれが正解じゃないですか? “いいかげん”と言うと語弊がありますが、何かを強くまとい過ぎると、そこに入っていけなくなる。余計なものをまとわない方がいいという意味で、それをサラッとできるカッコいい先輩です。そういう人たちを見て、僕らもうまく力を抜くことを覚えたと思います」。

文字通りの意味で「良い加減」であり「適当」――過不足なくそこにいるのだ。

出演作を決める上でのポリシーは? と渡部さんに尋ねようとすると、せっかちな口調でこちらの問いが終わる前に「ないない、ないですよ」とかぶりを振る。驚くべきことに出演作の決定は「オファーが来た順」で「夏休みだけは決まっているから(撮影は)その前か後かってことだけ」と明かす。そんな決め方で、こんなフィルモグラフィーが出来上がるのか!? と驚きを禁じ得ない。

「若い頃はもう少し忙しかったりしたかもしれないけど、ここ10年くらいはそんな感じですね。若いときと比べて変わったこと? ますます欲がなくなってきている、主役を張りたいとか自分をどんなふうに見せたいとか。でもそれでいいと思う。それが僕の特徴だと思ってやっています」。

大森さんがいま、同世代の俳優たちの中で、監督・制作陣から最も求められる俳優の一人であるのは疑うべくもない。昨年から今年にかけて公開される映画は7本。押しも押されもせぬ人気俳優である。

当人は「僕は食べられるようになったのが遅かったので。『殺し屋1』は29歳のときに公開されましたけど、その頃はまだバイトしてましたから。俳優1本で食べていけるようになったのは30歳を超えてからです」と語り、周囲の評価や変化は認めつつも、自身に関してはこの10年ほどで決して大きな変化を感じてないという。

「まあ元を正すと、果たして映画をやりたくてやり始めたのか? 結構、曖昧なんです(笑)。それこそ、運が良かった部分もあるし、いまこうしてやらせてもらえているのも不思議なくらい。だから、いまはいまで目の前にあることを真面目にやっていくしかないのかなと。もちろん、楽しみながらですが」。

「現場に行って、その都度いろんな体験をさせてもらい感じることがある。いまでもそれが続いている」と大森さん。だからこそ、映画に対して特別な思いも抱えている。

「それこそ20代の頃にたったワンシーンだけ、死に役とかで出演させてもらっていたときから映画の現場のみなさんにいろんなことを教えてもらった。育ててもらったと思っているので、恩返しと言うほどカッコいいものじゃないですけど、映画界が盛り上がるために良い映画ができればという思いはあります」。

願わくばスクリーンで、この2人の歩む道が三たび交錯することを。
《photo / text:Naoki Kurozu》

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