【インタビュー】市川海老蔵 VS 千利休 <前篇> 命懸けの美意識への共感と憧憬

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市川海老蔵『利休にたずねよ』/Photo:Naoki Kurozu
  • 市川海老蔵『利休にたずねよ』/Photo:Naoki Kurozu
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  • 『利休にたずねよ』 -(C) 2013「利休にたずねよ」製作委員会
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  • 市川海老蔵&中谷美紀/『利休にたずねよ』 -(C) 2013「利休にたずねよ」製作委員会
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この男、言葉に全く迷いが感じられない。こちらの質問に即座に反応し、頭に浮かんだ言葉をそのまま、反芻することなく発しているかのように見えるが、何故、その言葉はこんなにも重く、深く、鋭いのか? 千利休のこと、茶の湯のこと、歌舞伎のこと、己のこと、そして亡き父・團十郎のこと。まるで「勧進帳」を読み上げる弁慶のように、市川海老蔵は語り続ける。

第140回直木賞を受賞した山本兼一の小説を映画化した『利休にたずねよ』。今年36歳を迎える海老蔵さんだが、本作では天下人・秀吉から切腹を命じられる60代後半の利休に始まり、宗易の号を名乗り、信長、秀吉と時の権力者の下で茶の道を切り拓いていった若かりし頃、さらに遡って与四郎を名乗った10代まで演じており、物語が進むと共に利休の美の原点が明らかにされていく。

■ “海老蔵版・利休”誕生――口説き落されたワケ ■

原作者の山本さん、そして田中光敏監督は、「利休役は市川海老蔵でなければ映画化は考えられない」と海老蔵さんに熱烈なラブコールを送り続け、口説き落とした。

「最初はお断りしてました。三十を少し過ぎたばかりの自分がそんな偉い人物をできないと。ただ『何で僕なのか?』と思いつつ、ずっと声を掛け続けていただく中で『ちょっと原作を読んでみようか?』と…。口説かれ続けてつい振り向いてしまう女性の心境と申しましょうか(笑)。読んでみて『なるほどな』と思いました。

利休と言えば“聖人”、“完璧”というイメージがある中で、パッションを持った人物であり、与四郎や宗易の頃に何があっていまの利休があるのかを描いている。蓮の花が泥を吸っても白くきれいな花を咲かせるような、若い頃の経験を描きたいのだなと僕なりに解釈しました。

若き日の恋愛があって、自らに対する“戒め”を香炉の中に入れて持ち続ける。何かあってもそれを握りしめて『いや、オレは負けない。あのときの思いがある』という信念が描かれていてロマンティックだなと。自らの経験を忘れないようにするポリシー、生き方はすごくカッコいい――僕自身、撮影中はその香炉をずっと懐に忍ばせていました。まあそんなところで、海老蔵くんは口説かれちゃったわけです(笑)」。


■ 利休の妥協なき美意識への共感「不便だからこそ伝わるものがある」■

利休が持つ強烈なまでの美意識は、まぶしいほどの輝きを現代社会に対しても放っている。

「素晴らしい才能、感性と繊細さですが、逆に言えばそれしかできない寂しい男、そうやってしか生きられないとも言えるんです。もちろん、それは原作や映画で描かれている利休がという意味ですが。娘の死に対してさえもお茶で解決しようとする――そうとしかできない不器用さというのは芸術性と紙一重です。

ある種の美しさをしか追及できないのは性(さが)であり天命でもあり、寂しいことですけれど、そこに現代人が忘れている魅力がある。『何食べる?』『フレンチ? イタリアン? 和食もいいね』という自由や選択肢があり、電話1本、LINEで何でも伝えられる世の中ですが、利休の時代は1か月かけて手紙を送るんです。信長に書いた手紙を拝見しましたが、『ようやく緑茶の季節になりましたが…』と時候の挨拶に始まって、『いいお茶ができました』と伝える。でも不便だからこそ手を尽くして、心が伝わる素敵さがある。『おもてなし』ばかりが叫ばれる現代ですが、そのためにはもてなされる方も礼儀を尽くさないといけないんです。

20世紀でお金や物質が先行したけど、21世紀になって精神性の重要度が高まってきた。その中でお茶の世界には人との対峙の仕方、空気感や間、沈黙する音――沈黙の中で音が立つんです――という精神性を持っているんです」。


■ 家を興す「初代」と伝統を受け継ぐ「11代目」の違い ■

利休は独創的な茶の湯の様式を自ら切り拓いていった。一方、海老蔵さんは初代から数えて11代目にあたり、いわば伝統を受け継いでいかねばならぬ立場にある。家や伝統に縛られることなく我が道を作り上げていく初代を羨む気持ちは?

「いやいや、初代が一番大事でそこには初代にしかない苦悩がある。利休で言えば、秀吉におもねっていれば、殺されることもなかったんですよ。朝鮮出兵? どうぞいってらっしゃいませ。絶対に成功いたしますよ。黄金の茶室? 素晴らしい! と言っていれば死なずに済んだ。

でも、そうしていたら、いまのお茶の姿はなかったかもしれない。ポリシーを持って『殺されてもいい! だが俺の魂は息子たちが受け継いでいく。それを期待して死のう』と選択したんだと思う。初代は命懸けなんですよ。命を懸けて初代が切り拓いたものを、続く者たちが受け継ぎ守っていく。だからこそ、古典を守ることって一番大事なんです」。


■ 「古典こそが一番新しい」 ■

この取材の前日まで、海老蔵さんは歌舞伎座での新作歌舞伎「陰陽師」の25日間にわたる公演に出演しており、劇場は連日、観客であふれた。伝統芸能であると同時に時代の最新を描く芸能とも言われる歌舞伎だが、海老蔵さんにとって新作に参加する意味、そして古典の魅力とは?

「実は、“古典”というのは一番新しい。一番新しいこと、本当に深いところの心のありようの新しさを伝えるのは古典なんです。いまどき『判官贔屓(ほうがんびいき)』というのはどういうことか? 『鎌倉殿』とは誰のことか? 分からない若い人も多い。

そういう現代の人は例えば『自分の子を主君の子の身代わりのために差し出して、殺させてよくぞ死んだと喜ぶ』なんて想像もできないと思う。でも武士の世界というのを理解し、古典に出合えば『なるほど、主従の関係は肉親の情よりも重要な大変なものなのか!』と分かる。

そこから、少し見習って、息子や家族、部下や上司との関係というのを考えてもらうきっかけになるかもしれない。その意味で現代と深く結びついた、新しいものなんです。ただ、その古典を理解してもらうにも『これが古典だ! どうだ素晴らしいだろ』とやっても分かってはもらえない。なぜなら現代は日々進行しているものだから。

だから、我々も一緒に進行しているところまで進んでいき、お客さんが面白いと思うものをやって、気づいてもらわないといけない。そのためにも新作はある。もちろん新作そのものを楽しんでもらってもいいんですが、願わくばそこから古典の面白さに気づいていただけたら。いや、僕自身、古典に関してはいまだに分からないことだらけです。だから一緒に気づいて、日々発見していけたらという思いです」。

そして、話題は歌舞伎役者・市川海老蔵が映画に出演する意味、さらには父、そして幼い息子についてとめまぐるしく移り変わっていく。

【インタビュー】市川海老蔵 vs 千利休<後篇> 息子に伝えたい、父・團十郎の偉大さ
http://www.cinemacafe.net/article/2013/12/10/20778.html
《text:cinemacafe.net》

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