【インタビュー】浅野忠信 役者人生は「与えられたもの=天命」 “演じる”意味と使命感

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浅野忠信『私の男』/Photo:Naoko Suzuki
  • 浅野忠信『私の男』/Photo:Naoko Suzuki
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  • 浅野忠信×二階堂ふみ『私の男』ポスター -(C) 2014『私の男』製作委員会
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  • 『私の男』-(C) 2014『私の男』製作委員会
  • 浅野忠信『私の男』/Photo:Naoko Suzuki
  • 浅野忠信×二階堂ふみ『私の男』-(C) 2014『私の男』製作委員会
  • 浅野忠信『私の男』/Photo:Naoko Suzuki
映画の見方は人ぞれぞれで、いろんなきっかけで、いろんな理由で作品を選ぶ。その中の一つとして、何か気になる、何故か気になる、だから観てみる――そういう直感的な選び方があってもいい。浅野忠信主演の映画『私の男』はまさにそういう映画であり、しかも考えさせられる映画、自分の感受性を試される映画として余韻を残す。禁断の愛を描き、問題作として日本映画史にそのタイトルを刻み、観る者をさまざまな角度から挑発するこのような作品を、俳優・浅野忠信は「待っていた」と言う。

「ありがたいことに、僕は30代にいろんな役に取り組むことができたし、ひとりの男としてもいろいろ向き合う出来事があったので、40代になったいま、この先の人生に対しての準備はできていると思うんです。そんな準備を整えていたところに、それをぶつけられる役が来てくれた。待ってました、という感覚はありました」。

原作は桜庭一樹による直木賞受賞の同名ベストセラー小説。10歳で孤児になった花(二階堂ふみ)と遠縁にあたるひとり身の淳悟(浅野忠信)は、ある出来事を機に出会い、孤独な者同士、寄り添うように生きていた。やがて彼らの間には、親子の愛とはまた別の男女の愛が生まれ…という、複雑な愛が描かれる衝撃作だ。その愛を浅野さんはどう捉えたのだろう。彼の役への取り組み方「僕は、自分の演じる役に自分を当てはめるタイプ」とはどういうことなのだろう?

「自分を役に当てはめるとはいっても、現実的に自分の娘と関係を持つというのは絶対にありえないことです。ただ、淳悟の場合はどうだろう…と彼に焦点を合わせることで、自分の中でも(その心情が)成立した。淳悟はもとから何か欠けている人で、本人はそれを気にしていないんです。彼の周りに孤独な時間が流れていたとしても、彼はそれを孤独だと思っていないというか。花もまた淳悟と同じように何かが欠けた存在で、そんな2人が出会い、男と女の関係になってしまった。自然の流れでそういう関係になってしまったけれど、よくよく考えたら常識はずれだった、と気づくんです」。

人は誰でも大なり小なり人に言えない秘密を持っているもので、それが淳悟と花の場合は禁断の愛だったと説明する。

「個人的な時間、家族や親密な人との時間の中には、きれいごとではない言えないこともたくさんあると思うんです。誰もがそういうものをもっているからこそ、それを表現している映画や音楽を観たり聴いたりすると、決して自分だけじゃないんだ、自分と同じようなことをこの人(映画のキャラクター)も経験したのかもしれない、と感じる。そういう意味でもこの映画は何かを感じてもらえる映画だと思います」。

もちろん、観客が“何か”を感じるのは、浅野さんや二階堂さんの演技が素晴らしいからこそ、その“何か”が伝わってくるわけで。

「女優であるのに脱げない女優がいる」と苦言を呈する中、当時18歳の二階堂さんは女優然と花を演じ、体当たりで淳悟との愛を表現した。浅野さんは「こんなに信頼できる女優さんはいない。いま最も大切にされるべき女優だと思う。彼女が徹底的に演じていたからこそ、僕もどんどんその世界にのめり込んで演じることができたし、僕だけじゃない、現場のみんなが彼女に助けられていました」と賞賛する。そして、2人の愛が一つになるシーンを観て「いいシーンになっていて、よかった」と、その背景にある大変だったというエピソードを明かす。

「赤い雨が降るシーンでは、風呂場の浴槽の中に赤い雨用の血のりが用意されていて、最初は適度なぬるさなんですけど、撮影は真冬の北海道、現場でああだこうだと準備をするうちに当然冷めていくわけで、本番のときにはかなり冷たい(苦笑)。けれど、その冷たさは集中していたら気にならないんです。ただ、OKテイクが出ずにもう一回ってなったとき、いちいちタオルで拭いてとかしても寒いだけなので、準備ができるまでずっと2人でくっついていたんですね。カメラの回っていない何でもない時間、会話もない2人の時間を感じることによって、あのシーンができたのかなと」。衝撃的でありながらも壮絶に美しいシーンが誕生した瞬間だった。

浅野さんの言葉の一つ一つには、映画への深い愛を感じる。父親がマネージャーという職業だったことで、自然と芸能界で活躍するチャンスをもらい、気づいたらこの世界に居たそうだが、逃げ出したくなった時期もあったと懐かしむ。

「18歳のときに俳優の仕事がイヤでイヤで辞めたいって思ったけれど、最終的には続けていくと決意しました。そのとき、子どもながらに、これがよく言う“与えられたもの(=天命)”なのかもしれないって思ったんですよね。なので、いまだに演じることが自分にとって何なのかは分からないけれど、こんなにも人が喜んでくれるなら、求めてもらえるなら、これはきっとやんなきゃならないことなんだろうなと。自分の演じる役に自分を当てはめるタイプだと言ったのも、そういう思いがあるからなんだと思うんです。今回の淳悟にしても、共感できない人もいるかもしれない。けれど、こんな男だけれど、何かきっと意味があるんじゃないか、この映画にとって一番必要とされているのは淳悟なんじゃないか、僕はそう思いたかったんです」。

現在、40歳。精神的な成長があるように身体も年齢とともに変化していく。浅野さんは「年齢に逆らわずに生きていきたい」と言う。

「年をとると当然シワも増えるし、色々変化してくる。現場のメイクさんはそういうのを隠してくれるんですけど、僕はそれを隠さないでくださいって言ったんです。隠したらウソになると思うから。そういうことは浅野忠信には必要ない。だからって、だらしなくしようというのではなくて、いまの自分の年相応の“らしさ”を役に取り込んでいきたいんです」。

たしかに、シワを老化と捉えるか、生きてきた証と捉えるかで、気持ちはぜんぜん違ってくる。受け入れてそれを活かす──何ともカッコいい生き方だ。

「僕が格好いいと思う人は、自分らしく生きている人。たとえば、イチロー選手は努力家で知られているけれど、ただの野球好き、ただ野球が好きで好きでたまらない人…と考えたら、それはかなり変わった人になりますよね(笑)。それでも彼がカッコいいのは、ものすごい努力をしていても、それ以上にすごく楽しそうに生きているように見えるからだと思うんです。いまの自分が楽しくて好き、そう言えるのがカッコよさだと思う。だから、淳悟の生き方も否定はしません。ラストシーンのその先の淳悟の生き方は、きっと魅力的なはずだから。というのは、この映画の終わり(エンディング)は、淳悟と花それぞれの始まりでもあって、僕はあそこから花の苦しみが始まり、淳悟はあそこから自由になる。そう捉えているんです。深いんですよ、この映画」。
《text:Rie Shintani/Photo:Nahoko Suzuki》

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