【雅子BLOG】いよいよ公開、『聖者たちの食卓』!

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-(C) Plymorfilms
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今週末9月27日(土)に『聖者たちの食卓』(Himself He Cooks)が公開となります。

インドのシク教総本山にあたる黄金寺院では、毎日10万食が巡礼者や旅行者のために無料で提供されている。ここでは人種も階級も関係なく、平等で、人々の空腹を満たす聖なる場所。日が昇ってから夜が更けるまで、黄金寺院で食事にかかわることのみにスポットをあて、淡々と鮮明に描いている。何百人ものボランティアが行うこと、ただひたすら食事の支度をし、片付けをしていること…。

その単純で真摯な姿は圧巻だ。限りなく透明で、シンプルで、神々しい。みんなで食べる聖なるキッチン、この美しく尊いドキュメンタリーがいよいよ日本でも公開です。

ここで裏話を少しお話しすると、本作は2012年の東京国際映画祭のナチュラルTIFF部門で上映された8本の中のひとつで、私は映画評論家の品田雄吉さんと当時のチェアマンと共に審査員を努めました。ワケあって映画祭会期中ではなく事前にDVDを渡され、映画祭前にグランプリ作品を決めるという仕組み。私にとっては初めての審査員だし、少し時間もあったのであれこれと環境を替えて8本の作品をじっくり鑑賞してみました。

たとえばこんな風。

朝観る、朝と同じ環境で夜に観る。ベッドの中で観てみる、ソファで観てみる。アイスを食べながら観る(夏でした)。さらにもう一度、真剣に観る…。というような工夫を凝らしたというか、様々なシチュエーションで数回繰り返し観た結果、鮮明な印象があり、発見があり、視覚的にも心に深く残る作品だったのが『聖者たちの食卓』(映画祭時タイトルは『聖者からの食事』)でした。で、後日の審査会議では、品田さんとピタリと意見が一致し、一瞬でグランプリ作品に決定した(!)という今だから言えるグランプリ秘話(?)。

映画祭時ではまだ配給も決まっておらず、映画祭のみの上映では残念すぎる、このすばらしい作品を多くに人に観てもらいたい、と切に思っていたのでした。やがて少しの時を経て、晴れて配給が付き、いよいよ一般公開となるわけです。グランプリを獲ったことで、配給の決め手に少しでも貢献できたのならこんな嬉しいことはありません。まるで自分の子供を旅立たせる気分、と言ったら大袈裟かな。兎にも角にも一人でも多くの人に観てもらいたいと願います。

監督は、ベルギー出身のフィリップ・ウィチュスとヴァレリー・ベルト夫妻。過日、監督の来日中に短いインタビューをしました(来日したのはウィチュス監督のみ)。前記の東京国際映画祭の時以来、2年ぶりの再会でした。インタビューは以下。


<監督インタビュー>
雅子(以下M):この映画を作ることになった経緯を教えてください。

ウィチュス監督(以下W):2004年に別の仕事のためにパキスタンを訪れていて、帰りにたまたま立ち寄ったのです。初めて見る光景でした。その時は普通に旅行者でしたから、持っていたカメラで簡単に撮影をしたわけです。その時の映像を『ゴールデン・キッチン』という5分ほどの短い短いショートフィルムにまとめ、後に世界中で試写会を開いてもらう機会がありました。それがたまたま評判が良かったということもあって、ならばもう少し長いものを作ろうと思ったのです。またシク教の人たちにも敬意を払いたい気持ちもあり、ちゃんとした形のものを作ろうと。実際には本作の撮影を始めるまでさらに7年の月日を待つことになるんですが。黄金寺院には2008年にロケハンで再訪しています。

M:2008年でも初めて訪れた時と同じことをやっていましたか?

W:食事の支度をして、食べて、片付けるという基本的なことは変わらないけれど、いちばん変わったと思うのは人の数です。それはインドで金融危機の問題があったりして食べることに窮地し、ここに来る人たちが増えたのでしょう。

M:監督は実際にみんなに混じって食事をしたんですよね。如何でしたか?

W:脚が痛かった(笑)(←床に座って食べるから)。食事自体はレンズ豆カレーのシンプルな味で美味しかったよ。

M:監督はシェフでもあるそうで、作る立場、食べること、もちろん監督として映画を撮るということから、何に魅了されて、何を私たちに見せたいと思ったのですか?

W:まずは規模、スケールの大きさ。食料をコントロールすることの大切さ、食に対する尊さです。それが何百年もずっと続いている。これはとても素晴らしいことだと思ったんです。文化としてずっと継承されてるという点にも。そして、みんなが揃って食べるということ。これこそが黄金寺院の提唱したいことで、そこには人種も宗教も肌の色も信条も年齢も性別も何もない。社会的地位に関係なく、すべての人々は平等であるという、シク教の教義の習わしに基づいている。けれど、これは世界中の人にも言えることなんです。

M:本作は人が放つ言葉やドキュメンタリーにありがちな説明的なナレーションが一切ないのが印象的で、あるのは物音、光、空気…。ターバンや着ている服の色も非常に鮮明でした。

W:実は寺院の中はあまりに物音がうるさくて、多少のコントロールはしたけれど、それ以外の音などは一切省いて、説明的なことも一切しないようにした。その方がより神秘的なかんじがするからね。寺院ならではの神聖なイメージを残しつつ、自然な光などには気を遣ったつもり。
《text:Masako》

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