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【MOVIEブログ】「シネマショート★テルミンのクシャミ」

前回お伝えしたシネマショートです。
20代の頃に書いたもので、今読むと若くて恥ずかしいのですが
若いというのは恥ずかしいということでもあるのかと思います。

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前回お伝えしたシネマショートです。
20代の頃に書いたもので、今読むと若くて恥ずかしいのですが
若いというのは恥ずかしいということでもあるのかと思います。

まずは第1回ということで、温かい目でひとつ宜しくお願いします。


「テルミンのクシャミ」

クニンクヌン。

僕が恋したその人はそういうクシャミをする人だった。

クニンクヌン。

電車で隣に座っていた女の人がそういうクシャミをした。初めはそういう風にしゃべったのかと思ったくらいで、それがクシャミだとは思わなかった。そのくらいにはっきりとクニンクヌンと聞こえた。今思えば僕はもうその瞬間に恋に落ちていたのだろう。

その女の人が黄色いハンカチで鼻元を押さえてるのを見て、そのクニンクヌンがくしゃみだったと分かった。あまりに聞き慣れないクシャミだったので、僕は思わず微笑んだ。僕の右頬が上に上がるのが隣の彼女にもきっとわかっていたんだと思う。僕はその次の瞬間にクシャミをした。

ハックション。

まぁ、普通のクシャミだ。

おっとっとと思っていたら、隣のその女の人の左頬が僕と同じように上がり、

「うつっちゃいましたね。」

と言った。今度は確かにそう言っていた。クシャミじゃなかった。

「すみません。輪唱しちゃいました。」

僕がそう言うと、その女の人は

クニャニャニャ。

そうやって大笑いした。電車の中だというのに気持ちが良くなるくらいに笑った。それを

見て、というか聞いて僕の方も声を出して笑ってしまった。

アハハハ。

それから彼女と何をどう話したのかは全然覚えていないが、僕とその彼女が降りた駅は同じ駅だった。家に帰ると僕の手の中には彼女の連絡先が書かれた紙があった。彼女の字は女の人にしては驚くくらいに下手だった。それとも、この字は僕が自分で書いたのだろうか?僕にはそんなこともわからなかった。でも、僕がその連絡先に連絡することはしばらくはなかった。というのも、翌日も翌々日もその次の日にも僕は彼女に電車の中で会ったからだ。僕は家から1時間くらいの所にある大学に通っていて、行きも帰りもかなりまちまちの時間だったのだが、不思議と帰りの電車で彼女と3日連続で出会った。3日目には彼女の年齢と血液型までわかった。

彼女は本当によく笑う女の子だった。

僕は正直そんなにユーモアのセンスがある方ではないと思うが、彼女はそんな僕の話にいちいち頷きながら笑った。

クニャニャニャ。

クノンクノン。

ちなみにこれは彼女のセキ。

それからはあまり電車で会うことはなくなり、その代わりに近所の喫茶店で会うことが多くなった。その喫茶店はお互いのお気に入りで、壁に『テルミン』という映画のポスターが1枚貼ってあった。映画の内容は知らないけれど、そのポスターの雰囲気と喫茶店の雰囲気は何だかとても合っていた。

お互いに良く使っていただけに、よく今までここで会わずにいられたね、と盛り上がったこともある。待ち合わせることもあれば、僕が一人で本を読んでいたら彼女が店に入ってくることもあった。ただ、今までは読書するためにしか入らなかった喫茶店に一人でいるときに、僕はそんな自分が明らかに彼女を待っていることに気が付いた。

大きなポスターのある小さな喫茶店で僕は恋をした。

ただ、誰かに恋をしている人がその誰かからも恋をされている、ということはそうそうあるようなことではなく、恐らく僕もそんな奇跡の中にはいなかったと思う。

彼女は僕よりも2つ年下のB型だった。

僕は血液型のことはよくわからないんだけど、B型の典型がマイペースということだった

ら、彼女は確かにB型だった。

「テルミンってなんのことなんですかね?」

「う~ん。 何だろう。 どっかで聞いたことあるけど、何かの…」

「ここのスプーンって可愛いですよね。」

「…。」

こんなことはざらだった。

彼女には彼女の世界があった。

僕はそんな彼女の世界でたまに新しいドアを開けてくれる面白いお兄さんのような存在だったんだと思う。彼女は僕によく質問をした。子供が親に訊くような質問もあれば、生徒が先生に訊くような質問もあったり、高僧がダライラマに訊くような質問もあった。僕はそんな質問にいつも真剣に応えようとしていた。そんな僕からの答に彼女は大体

「おもしろいですね。クニャニャニャ。」

と笑った。

微妙な心持になりながらも、彼女が本当に楽しそうに笑うので僕もいつもつられて笑っていた。それが楽しかった。世界はこのまま彼女の笑い声で包まれていくんじゃないかと思った。でも、当然そんなことはなく、世界は普通に回っていった。そして、彼女は突然僕の世界から消えた。

引越し。

ただそれだけのことだった。

僕には何も告げられてなかった。

彼女と連絡が取れなくなってから数週間後にハガキが1枚届いた。

引越しました。

また、どこかで会いましょう。

ハガキからあの笑い声が聞こえてきそうだった。

彼女とのQ&Aの時のように僕は一瞬呆然となりつつも、その後に何故だか幸せな感じに包まれた。僕は彼女に自分の住所は教えていなかったから、彼女がどっかで調べたんだろう。そんな彼女を想像するとちょっと微笑ましかったし、何しろ彼女の字は本当に汚かっ

た。彼女は自分の住所を書いていなかった。わざとではなく、まだ覚えてなかったか、単純に忘れたかしたのだろう。そんな彼女も簡単に想像できた。

不思議な話だが、それが彼女との時間の中で彼女を一番近くに感じた瞬間だった。

それ以来僕は彼女と会うことはなかった。

彼女のようなクシャミをする人にも会わなかった。

彼女と過ごした時間はとても短いものだったけど、

それから他の女の子とは実際に恋人になったこともあるけど、

僕が今でも良く思い出すのはあの世にも奇妙な音でクシャミをするその彼女だ。

僕はもしかすると彼女に恋したのではなく、彼女のクシャミに恋していたのかもしれない。そう思うこともある。でも、僕は確かにあの時恋をした。僕にはそれが恋する音だったんだ。

クニンクヌン。

噂をすればほら。

きっとまたどこかで彼女がクシャミする。
《text:Yusuke Kikuchi》

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