補佐役の極意とは?誰もが感動する江戸時代の名君・保科正之に学ぶ『先人たちの底力 知恵泉』

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人々が組織や社会の中で直面している様々な課題、実はそれらは先人たちが取り組んできたものと通底する。現代人の課題や関心事項を毎月1テーマずつ設定し、解決へのヒントを歴史上の人物の知恵と行動から探っていく番組『先人たちの底力 知恵泉(ちえいず)』(NHK Eテレ)。

12月2日(火)は、「補佐役という人生 保科正之」(前編)を放送する。保科正之は、知る人ぞ知る、いや、知れば誰もが感動する江戸時代の名君、会津藩主であり、会津藩の藩祖だ。正之は、実は江戸幕府2代将軍・徳川秀忠の実子。しかし、母親の身分が低かったため、秀忠の正室・江をはばかってひっそりと育てられた。その後、正之は、信州・高遠藩2万5千石、保科家の養子に入る。異母兄・家光(三代将軍・江の子)もその存在を長く知らなかったという。正之は、自分からは決して出生を明かさず、諸大名の中でも最も下手に座った。自分の異母弟と知った家光は、その謙虚さ、そして、聡明さに感心し、次第に信頼を深め、奥州の要、会津藩23万石の藩主に抜擢する。

家光が死去するとき、枕元に呼んだのが正之だった。家光の気がかりは、次代将軍になる11歳の息子・家綱のこと。どんな人間を幼い家綱の補佐役にするか。家光が選んだのが、老中でもなく譜代筆頭でもなく、幕閣で何の役職も持たない会津藩主・保科正之だったのだ。正之は、家光の期待によくこたえ、由井正雪の乱や明暦の大火など、幕府の屋台骨をゆるがすような事態が続く中、次々と斬新な策をうちだした。それは信頼あつい「補佐役」だからこそ、実行できるものばかりだった。危機を乗り越えた幕府は、体制を盤石にし、その後、200年続くことになる。

企業にとって「補佐役」の存在意義とは? 組織を強くする補佐役とは? 今回スタジオには、高品質の素材を使って低価格のメニューを実現し、行列ができるレストランを全国に展開している、あの企業の副社長(補佐役)が登場する。

■『先人たちの底力 知恵泉(ちえいず)』
毎週火曜 23:00~23:24(NHK Eテレ)
《編集部@テレビドガッチ》

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