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【MOVIEブログ】2015 スプラッシュ作品紹介(上)

10月22日(木)から東京国際映画祭が開幕しますが、僕が選定に携わった作品の紹介をしています。今回は「日本映画スプラッシュ」部門です。

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10月22日(木)から東京国際映画祭が開幕しますが、僕が選定に携わった作品の紹介をしています。今回は「日本映画スプラッシュ」部門です。

日本のインディを応援する「日本映画スプラッシュ」部門。検討段階で良い作品、刺激的な作品がとても多く、絞り込む作業は難航を極めました。断腸の思いでお断りした作品があったり、お願いしたら先方からNGになってしまったり、決定までのドラマはコンペと一緒です。

そしてたどり着いた珠玉の8本。3回に分けてご紹介します。

『知らない、ふたり』(今泉力哉監督)
スプラッシュ紹介の冒頭を飾るのは、『サッドティー』で抜群のセンスを見せつけた今泉監督の待望の新作、『知らない、ふたり』です。7人の男女が繰り広げる、恋愛群像コメディードラマ。で、もう、うまい。抜群にうまい。

日本の靴修理店に勤める韓国の青年が主人公。青年はとても無口で誰とも交流せず、単調な毎日を送っている。そんなある日、彼はひょんなことからひとりの女性に出会い、魅かれる。そしてその女性の後をつけると、彼女には恋人がいた。しかしその恋人は、別の女性を好きになっていた…。

という展開が次から次へと連なっていき、恋愛群像劇がタペストリーのように編まれていきます。僕はスクリーンで試写を見る時はメモを取らないので(DVDで見ているときはひっきりなしに取るのだけど)、本作を見終わってノートにあらすじを書きだしてみたら、人間関係がとても複雑でびっくりしてしまいました。つまり、複雑な人間関係を、その複雑さを微塵も感じさせずにスムーズに、そして鮮やかに展開させる今泉監督の技術は、本当にすごいなとびっくりしたのです。ノートに書くまで、こんな複雑な話だなんて意識させなかったのです。これはもう堂々たる職人の仕事です。すごい。

伏線が張り巡らされていて、細部へのこだわりもとても丁寧。でもう、とにかく楽しい。時間を戻してみたり、複数の視点を導入したり、物語の進め方が絶妙に上手くて面白いのです。男女間の会話のリアルな様子、あるいは男が恋愛のシリアスな局面でいかにも言いそうな寒いセリフなどは、今泉監督の真骨頂。緊張と緩和の絶妙な使い方は笑いやドキドキを産み、さらには住空間のデザインも素敵で、全編に渡って軽妙でセンス抜群、現代的で映画的。まったくもって素晴らしい。

僕は、ウッディ・アレンやホン・サンスが我が国にも現われたような感慨に襲われ、これだけ安定したクオリティーの恋愛群像劇を定期的に届けてくれる監督が自分の国にいる幸せを噛みしめます。ホン・サンスが毎年のように見せてくれる作品が、いつものホン・サンスなのにちゃんと毎回面白いように、今泉さんも今泉スタイルの定期便化を期待したいです。と軽く書いてしまってはご本人は迷惑でしょうが、ひとつのスタイルを繰り返してもマンネリにならない才能というのは世界にほんの一握りしかいないわけで、今泉監督はそのクラブの会員証を持っていると思います。

主役の青年に扮するのが、韓国の5人組男性グループ「NU’EST(ニューイースト)」所属の歌手の青年で、ズバリのキャスティングでお見事。ヒロインの韓英恵さんも、クールな面ととても可愛い面とが同居していて、マルチな面を持つ本作にふさわしい、多彩な魅力を発揮しています。韓さんは、プサン映画祭に出品されている『西北西』という作品でも素晴らしい存在感で、いまとても充実している印象を受けます。大注目です。

『アレノ』(越川道夫監督)
えっ、越川さんが監督をした? というのは、映画業界の人々の第一感想だと思います。というのも、越川さんはご自分の映画配給会社を長らく率いて、プロデュース作品も多く、映画業界の人だったら普通に知っている方(という言い方も妙ですが)なのです。

どうして越川さんが越川監督となったか、そこは映画祭でじっくりお伺いすることとして、監督デビューとなる『アレノ』は、実に個性的な文芸官能スリラー作品となり、驚かされます。

湖で夫が行方不明になった妻と、夫婦の共通の友人の男。妻と男はホテルに部屋を取り、夫の発見を待つ…。男女の情事の行方をノワール的展開の中で描いていくドラマですが、原作はエミール・ゾラの『テレーズ・ラカン』。舞台を現代の日本に置き換え、全く独自の雰囲気に作り上げています。

見どころは、何と言ってもヒロインの山田真歩さん。僕も日頃から最も注目している女優のひとりですが、彼女が新境地を切り開く演技を見せます。男を破滅させるファム・ファタール的ではあるのだけれど、色気を排したワンピースとカーディガンという衣装などを含めた雰囲気が、従来のファム・ファタールのイメージから逸脱していて、とても魅かれてしまう。自分から仕掛けるというよりは、加害者と被害者が同居しているような、複雑な存在感を絶妙に醸し出しています。デリケートな言い方になりますが、安易に肉感的な女優を配したのでは、この映画は成立しない。まさに、絶妙のキャスティングです。

ヒロインの愛人役に、いまや日本映画を支える存在のひとりと言っても過言ではない、渋川清彦さん。本作は、男には理解の及ばない女の謎めいた内面を描いており、そういう意味では男の為のスリラードラマと言ってもいいかもしれません。渋川清彦演じる愛人の男を通じて、男性観客は女という存在の怖さに翻弄されていきます。

フランス映画好きであれば、シャブロルやドワイヨン的な空気を感じ取って興奮できるはず。また、16mmで撮影されたというフィルムの質感も、映画にクラシカルな格調を漂わせることに貢献しています。女優の表情をしっかりと捉えるキャメラもいい。やはり、並みの新人のデビュー作ではありません。

『走れ、絶望に追いつかれない速さで』(中川龍太郎監督)
昨年、『愛の小さな歴史』でスプラッシュ部門に参加した中川龍太郎監督、2年連続の登場です。昨年の映画祭の最中に新作を製作中とは聞いていましたが、それが今回の『走れ、絶望に追いつかれない速さで』でした。拝見してびっくり。中川龍太郎、恐るべき速さで進化しています。

親友を失ってしまった青年は、親友が遺した女性のポートレートのモデルを探すべく旅に出る。それは追悼の旅であり、鎮魂の旅でもあった…。というのが映画の柱ですが、監督の経験をベースにしているようです。どこまで自伝的であるかは映画祭のQ&A時に尋ねていきたいですが、青年の友情を描いた見事な青春映画を完成させたことに感動します。

主人公は大学をやめて働いており、大学時代の親友との関係がフラッシュバックを交えながら描かれていきます。ふたりとも将来に対する漠たる不安を抱えていて、青春がもうすぐ終わることにも気づいている。卒業間際の男子大学生の友情を描く映画は、実は珍しい気がするのですが、これは響きます。大学時代が25年も前になってしまった僕にも、全く違和感なく、ストレートに心に響いてくる。

その最大の貢献者が、主演の太賀さんです。『ほとりの朔子』で二階堂ふみさんの相手役を演じていたときから、この人めちゃくちゃいいな、と思っていましたが(『マンガ肉と僕』でもとても良かった)、今回も本当に素晴らしい。今年見た日本映画の中でも最高の主演のひとりだと思います。未来への期待というよりは不安を抱えた大学時代、そして、友を失った理不尽さに怒りすら感じ、なんとか先へ進む道を模索して悩む現在。これらの局面における心の内をナチュラルな佇まいで見事に演じ、素晴らしいという以外に言葉が見つかりません。

物語の展開も実に鮮やかで、良い意味で手堅く、観客の感情を動かすツボも心得ており、つまりはとても上手い。中川監督、近い将来に商業映画を撮れる才能ではないかと密かに思っています。昨年の映画祭のQ&Aで、彼のガッツのある明るい性格にも、僕はとても惹かれました。まだ25歳。日本映画の将来を支える存在は、ひょっとしたらここにいるかもしれません。
《矢田部吉彦》

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