【MOVIEブログ】2015 スプラッシュ作品紹介(中)

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  • (c)「スプリング、ハズ、カム」製作委員会
10月22日(木)からスタートする東京国際映画祭の作品紹介をしていますが、今回は「日本映画スプラッシュ」部門の第2弾です。

『七日』(渡辺紘文監督)
2年前に『そして泥船はゆく』でスプラッシュに参加し、その後海外の映画祭を多く周り、国内劇場公開も果たし、内外の熱心なファンを興奮させた渡辺紘文監督、2年振りの新作です。2008年の日本映画学校卒業制作作品『八月の軽い豚』以来、渡辺監督の動向を気にしている僕にとっても待望の新作であり、背筋を伸ばして画面に向き合いました。そして、激しく驚くとともに、確信をしました。この作家は、本当に映画祭で応援すべきだ、と。

前作で用いたモノクロのスタイリッシュな映像を純化させ、完全なアート作品に針を振り切ってきました。栃木県で酪農を営む男の日常を、じっくりと、淡々と追っていく内容。日常的なルーティーンの反復を黙々と描く様子は、小林政広監督の『愛の予感』などを彷彿とさせるけれど、『七日』には土着的な生活の匂いがどっぷりと染み付いている。時間を操る映像芸術が映画だとしたら、ショットの持続の「時間」を味方に引き入れ、渡辺監督は生活の映画化に挑み、そして見事に成功しています。

随所に被さってくる音楽が雄大で、ひとりの出演者のような効果を挙げているのも特徴です。ひとりの男と、音楽だけで成り立ってしまう映画。極端に贅肉をそぎ落とした映像から受ける、得も言われぬ映画的快楽。そして、やがて立ち昇る、あまりにも壮絶な孤独の一撃。今年のスプラッシュのラインアップで、最もストイックで、最も純度の高い作品であることはもちろん、最も刺激的な1本でもあります。

最小限の装備で、最大限の効果を上げること。そのチャレンジに挑み、コロンブスの卵を立てた渡辺紘文監督のセンスはやはり只者でないです。おそらく、製作費は常識破りの低さのはずですが(違っていたらごめんなさい)、そのハンデを逆手に取ってアートで勝負する。こういう作家がいるからこそ映画の世界は豊潤になるし、映画祭はこういう作家のためにあると言っても過言ではありません。

土着的と上に書きましたが、渡辺監督は日本映画学校出身ということで、今村昌平監督のDNAを継いでいる、とつい言いたくなってしまいます。『八月の軽い豚』も農業とセックスが若者離れしたタッチで描かれていて、さすがイマムラの弟子筋だと思ったものです。しかし渡辺監督が故郷である栃木の大田原という土地で映画を作り続けていることは、イマムラから離れて、自分なりの土着的な作品作りを目指そうとの覚悟の現われであるとも思えます。覚悟を固めたアーティストの創造の過程に立ち会えることに、無類の刺激と興奮を覚えずにいられません。

『スプリング、ハズ、カム』(吉野竜平監督)
渡辺紘文監督が思いっきりアート路線に舵を切ったように、前作『あかぼし』で極めてシリアスなドラマを扱った吉野竜平監督は、なんと新作では、ほんわかコメディを仕上げてきました。みんな極端だ!

広島から大学入学のために上京してくる若い女性が、新生活を送る物件を探している。広島から父親も出てきて、一緒に部屋探しを手伝う。色々な物件を巡る中で、不思議な出会いがあり、そして春がやってくる…。

実にシンプルな設定の中に、暖かい笑いと愛情が込められた、春のそよ風のような作品です。祖師ヶ谷大蔵界隈を中心にした物件探しの小旅行が、出会いやエピソードを重ねることによって、ミニミニロードムービーとなっていく展開が楽しい。父親は優し過ぎる娘を心配し、娘は父を故郷でひとりにさせてしまうことを心配するという関係の中で、いかにお互いの春を迎えるかという物語が、ふんわりと心に響いてきます。

ヒロインの新大学生役に、石井杏奈さん。『ソロモンの偽証』の暗い少女を演じて、とても印象的でした。ソロモンでは大勢の若手の中で負の異彩を放っていたのが、今作では一転して明るくかわいい少女の魅力を発揮します。1年で演技の幅の広さを証明し、一気に期待の若手女優として台頭してきた感があります。

そして、今作の目玉のひとつが、柳家喬太郎師匠の映画出演! 喬太郎師匠は、現在の落語界で最大のスターで、最も独演会のチケットが取りにくい人気者のひとりなのです。落語好きの僕としてはもう大興奮してしまうわけですが、小林啓一監督の『ももいろそらを』や『ぼんとリンちゃん』に出演した桃月庵白酒師匠に続き、落語界のスターがインディペンデントの若手監督作品に協力するというのは、とても興味深い展開ですね。嬉しい限りです。落語家の映画出演は、桂小金治などの例外を別にすると、実はそれほど多くないのですよね。もっとも、桂小金治は俳優に転身してしまったわけで…。いや、書いていくとキリがないのでやめますね。

ともかく、喬太郎師匠が絶妙な味を出しています。落語の高座ではもっとクレイジー(もちろん褒め言葉です)なのですが、映画では、少しとぼけて優しいというキャラクターに成りきって、観客の気持ちを和ませてくれます。吉野監督、どうやって演技をつけたのだろうなあ、と興味は尽きませんが、映画祭本番のQ&Aを楽しみにすることにしましょう。

吉野監督は前作と極端に作風を変えてきたと冒頭で書きましたが、『あかぼし』で新興宗教にはまってしまう母親と、その勧誘営業の道具に使われてしまう幼い息子との厳しい関係を描いていたことを思い出してみると、それぞれを思いやる父と娘の関係を描いた本作にも、現代日本の親子像を考えるという共通点が見いだせるかもしれません。作家性は確かに継続しており、吉野竜平監督の今後にも興味が募るばかりです。
《矢田部吉彦》

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