【MOVIEブログ】2017 TIFF作品紹介コンペ部門(2/5)

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『さようなら、ニック』
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コンペ紹介第2弾です。前回に引き続き西欧の作品で、まずはドイツの作品からスタートします。

『さようなら、ニック』というタイトルで、マルガレーテ・フォン・トロッタ監督の新作です。フォン・トロッタ監督は近年では『ハンナ・アーレント』(12)がスマッシュヒットしたことで知られていますが、戦後のドイツ映画を牽引した「ニュージャーマンシネマ」の世代に属する監督/女優で、1942年生まれの大御所です。フォン・トロッタのキャリアを紹介するだけで本が一冊書けるくらいの量になるでしょうから、ここでは割愛しますが、ともかくそんな監督の新作をワールド・プレミアでお迎えできるのは何とも幸せです。

ニューヨークでモデル出身の女性がファッションデザイナーに転身を図っていて、初のショーを準備している。夫でありスポンサーでもあるニックが姿を見せなくなってイライラしていたところ、前妻が家にやってきて自分には家の権利が半分あると居座ってしまう。ふたりは何かとぶつかり合いながら、奇妙な共同生活が始まる…。

フォン・トロッタ監督は、1910年代の女性革命家を描いた『ローザ・ルクセンブルグ』(86)、レオナルド・ダヴィンチに影響を与えたと言われる中世の賢女ヒルデガルド・フォン・ビンゲンを扱った『Vision』(09)、そして『ハンナ・アーレント』に至るまで、一貫して個性的で力強い女性を自作の主役に据えてきました。歴史上の重要人物を語ることもあれば、前作『生きうつしのプリマ』(15)のように母と娘の謎に包まれたドラマを作り出すこともあります。今回は後者のケースで、『さようなら、ニック』は前作でも舞台のひとつとなったNYを背景に、タイプの異なる2人の女性の衝突を描いていきます。

虐げられる女性を描いて権利を訴える作品は世の中に多いですが、フォン・トロッタ映画のヒロインたちは多くの場合自立しており、本作のテーマも、自立した女性が男性といかなる距離をとるべきかにあると僕は解釈しています。ふたりの女性の力関係がシーソーのように入れ替わっていく様子が見ものですが、その中心にいるのは(不在の)夫ニックであり、三角関係ドラマの変形版と見ることもできます。豪華なNYのアパートや派手なファッション業界も、見かけとは裏腹な危うい面を露呈することになり、人間関係も表面を取り繕うだけでは済まなくなっていくでしょう。

主演のイングリッド・ボルゾ・ベルダルはノルウェー出身の女優で、ハリウッド進出もしています。現在はアメリカの人気TVドラマ「West World」に出演中。そして共演のカーチャ・リーマンはフォン・トロッタ作品に多く出演している実力派のドイツ人女優。安定した演技力で作品を支えていきます。さらに鍵を握るニック役には、カンヌ映画祭パルムドール受賞作品『雪の轍』(14)の主演であったトルコの国民的俳優ハルク・ビルギネル。監督からキャストまで実に国際的な作品です。

今年のコンペは「女の生きざま、男の生きざま」が副題かもしれないと前回のブログで書きましたが、まさに女の生きざまを描き続けているフォン・トロッタ監督の新作を世界で最初に目撃するのは、東京の観客です。興奮します。


続いて、ドイツと隣接しているルクセンブルグから『グッドランド』という作品です。ルクセンブルグ映画を見る機会はなかなかないですが、今年はなんとも見応えがあるスリラーに巡り合うことができ、飛びついてしまいました。

霧に包まれた山脈の美しい映像で幕が開き、ひとりの流れ者が農村に辿り着くところから物語が始まります。ちょうど秋の収穫期ということもあり、男は仕事にありついて徐々に村に馴染んでいくものの、彼には秘密がある。そしてどうやらこの村も何かがおかしい…。

謎解きスリラーの要素もあるので、これ以上は書きません。見どころは、収穫期の労働の様子の美しさと、それに平行して深まっていく謎を追う面白さでしょう。映画は男の視点で描かれるため、男の立場が変わるに従って見える景色も変わっていくはずだというのが監督の意図で、確かに冒頭の美しいナチュラルな感じから、だんだんと映画のタッチが変化していくのが分かります。どういうふうに変化していくのかは、これは見てのお楽しみです。

エロティックで、ミステリアスで、スリリングでもあり、先が読めない展開。そしてラストは…。ああ、ラスト15分について早く誰かと語りたい。上映後が待ちきれません。こういう作品の紹介はなんとも難しい!

中身を語れないので、ちょっと周辺を紹介しますと、Gutland(良き土地=グッドランド)というのはルクセンブルグの中核地帯の名称だそうです。そのほとんどが農地であり、ルクセンブルグは国土が小さいために皆がどこかと繋がっている感覚があるものの、そこは本当に「グッドランド」なのか?という問いも作品に反映されています。もちろん、村がよそ者を受け入れるかどうかという物語は、難民を受け入れるかどうかで揺れる欧州の状況を暗示していると見てもいいはずです。

主演は、全編140分をワンカットで撮ったことで話題になったドイツ映画『ヴィクトリア』(15)に主演したフレデリック・ラウ。彼の相手役となる女性に扮するヴィッキー・クリープスはルクセンブルグ出身の女優で、これからジュリアン・テンプル監督やポール・トーマス・アンダーソン監督新作への出演が控える国際派です。

そして、「新感覚」と呼ぶにふさわしいスリラーを作り上げたゴヴィンダ・ヴァン・メーレ監督は、ベルギー人とスリランカ人の両親を持つ83年生まれの新鋭。これまで短編とドキュメンタリーを多く手掛けており、本作が長編フィクション第1作です。この新しい才能との出会いは、映画祭の驚きのひとつになるはずです。

続いて欧州を北上し、北欧はフィンランドの作品を紹介します。

『ペット安楽死請負人』というタイトルを付けました。こちらもスリラーですが、謎解きを追うものではなく、主人公の独特の生き方を追うハードボイルドと呼ぶ方がしっくりきますね。実に個性的なおっさんが主人公で、惹き込まれます。ベレー帽にピアスにパイプ、という「やり過ぎ感」満載な外観をぴたりと決めている俳優の存在感が素晴らしい。

表向きは自動車修理工だけれども、裏ではペットを「安楽死」させる稼業を請け負う男。ある日一匹の犬を殺しきれず、自分で飼い始めたことで歯車が狂ってくる…。という物語。

このおっさんは当然いろんな問題を抱えているのですが、彼なりの倫理観に忠実に生きています。その筋の通し方に共感するかしないか、それは観客に委ねられるのですが、舞台となる近郊都市の抱える闇(何というか、北欧的な闇…)を象徴するサブプロットが絡んでくることで、一筋縄ではいかない物語になっています。

これまた内容に踏み込まない方がいいのでやめておきます。事件の行方に身を任せるだけでも見応えがありますが、動物の命の重さを考えることはもちろん、人間とはいかに愚かになれるか、その深い底を覗くことで様々な感情が喚起されるはずです。

監督は70~80年代のジャンル映画が大好きで、ジョン・カーペンター監督作やダーティー・ハリー・シリーズを見て育ったそうです。しかし、その倫理観には疑問も抱いていたそうで、ハリー・キャラハン(ダーティー・ハリー)の行動が必ずしも正当化されるとは思っておらず、そういう意味で『ペット安楽死請負人』は「動物版ダーティー・ハリー」であると語っています。そして今作の主役を「フィンランドのチャールズ・ブロンソン」とも呼んでおり、こういう例えにはニヤリとさせられますね。

監督のテーム・ニッキは数百本のCMやMVを手掛けてきており、本作が長編3本目です。主演のマッティ・オンニスマーは、フィンランドでは人気の助演俳優ですが、しかし主演作がまだなく、彼のカリスマ性に惚れ込んでいた監督がいつかマッティを主演で映画を作りたいと望んでいたそうです。ようやくぴったりの役を書き上げることができ、初の主演に迎えて夢を実現させました。

作品選定の初期段階で新作情報を集めていた頃、「フィンランドでペットを安楽死させる男」という一行だけで僕は興奮してしまったのですが、その興奮は裏切られることがなかったどころか、予期せぬ深みに導いてくれる展開に心臓を鷲掴みにされたような気分になりました。願わくは多くの観客がこの体験を共有しれくれますように!

以上、華やかな女性映画VSむさくるしい男の犯罪映画2本。今年のコンペのジャンルの賑やかさを象徴するような紹介になりましたが、次回は少し東に移動します!
《矢田部吉彦》

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