【MOVIEブログ】2017 TIFF作品紹介コンペ部門(4/5)

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『ホーム - 父が死んだ』
  • 『ホーム - 父が死んだ』
  • 『スヴェタ』
  • 『アケラット - ロヒンギャの祈り』
コンペ紹介第4弾です。静かなドラマが2本含まれた前回ブログから一転、激しい人間ドラマを続けて紹介します。

まずは中東のイランから『ホーム - 父が死んだ』という作品です。ここ数年のイラン映画は、激しい会話の応酬に乗せて家族の問題が露わになっていくスリリングな作品が主流で、東京のコンペでもその流れの中に位置づけられる映画を紹介してきました。『ホーム』もタイトル通り家族の物語で、がなり合う激しいやりとりもたっぷり含まれ、昨今のイラン映画を代表するスタイルの作品と言えます。

父親の死の報せを受けた娘が実家に駆けつけ、大げさに嘆く。しかし病気の父の面倒を実際に見ていたのは従弟であり、娘が実家に寄ったのは数年ぶり。親族が集まる中、娘と従弟の間には険悪な空気が流れ、やがて父の遺体を巡って事態が混乱していく…。という物語です。

すぐれた「お葬式もの」映画では、集まった親戚がてんやわんやして、悲しい場のはずなのに笑えてしまうのが定番ですが、本作にも絶妙にユーモアが絡みます。しかしそれ以上にスリリングであり、緊迫感が漂う心理ドラマと呼んだほうがしっくりきそうです。あるいは一種のサスペンスとも。

特徴のひとつとしてまず挙げられるのが独特の撮影スタイルです。圧迫するようなクローズアップが映画に異様な緊張感をもたらしていて、そしてカメラが人物に近いことにより観客もその場に居合わせている気分になります。一種のVRと言ったら言い過ぎでしょうけど、そのくらいの臨場感です。本作のクローズアップには他にも特徴があるのですが、それは書かないとして、かなり特異なスタイルを持った作品であることは間違いありません。

もうひとつはストーリーテリングの上手さでしょう。物語の構造は比較的シンプルなのですが、絶え間なく起こる小事件の積み重ねが映画にドライブ感を与え、観客はぐいぐいと引っ張られます。78分という短い上映時間の中に家族の本質を突く物語が凝縮され、一筆書きのような勢いで一気に語り切る監督の演出力は驚きです。

さらに、アイデンティティや価値観の崩壊といったテーマが作品に底流しています。本作はイラン映画ですが、トルコ人のコミュニティーを舞台にしており、劇中で話される言語はトルコ語です。監督が同地区の出身であるからだと思われますが、この設定の意味については映画祭中のQ&Aで掘り下げて聞いてみるのが楽しみです。

次は中東から中央アジアに移動して、カザフスタンに行きます。『スヴェタ』という作品です。「女の生きざま、男の生きざま」という今年のコンペの裏テーマについて前に書きましたが、この『スヴェタ』もそのど真ん中を行く作品です。

耳の聞こえないスヴェタという女性が、同じくろうあの夫と2人の幼い子どもと暮らしている。購入した住宅のローン支払いが滞り、焦っている上に、勤務先の工場からリストラされてしまう。どうしても職を失うわけにいかないスヴェタは、神をも恐れぬ手段に訴える…。

なんとまあ激しい女性であることかと、滅多にお目にかかれない人物像に感嘆させられます。困難を乗り越えて手にしたものほど、それを失うときの抵抗は強いはずだというシンプルな原則から成り立つ物語は、驚くべき強度で見るものに迫ります。

スヴェタはとんでもない悪女にも見えますが、厳しい環境を生き抜こうとしているサバイバーでもあります。その判断は見るものに委ねられており、監督は善悪の境目をあいまいにしながら、ひとりの女性の強烈な生き方を見せていきます。我々観客は唖然としながら受け入れるしかないでしょう。

映画の会話の9割が手話で進みます。なので、音としては激しい息遣いが聞こえるのみなのですが、怒りの感情が激しい身振りで表現されることで画面にエネルギーが充満し、緊迫感も倍増する印象を与えます。普通の映画では決して経験することのない緊張感がこの作品にはあります。

監督のジャンナ・イサヴァエヴァは本作が6作目の長編で、毎回注目作を届けてくれるカザフスタン注目の監督のひとりです。前作『わたしの坊や(Bopem)』(15)も秀作で、東京フィルメックスのコンペで紹介されています。母親を殺された少年が復讐を試みる物語で、善悪の境を曖昧にするという視点が『スヴェタ』に共通していました。一方で『わたしの坊や』は自然の美しい風景も印象的でしたが、『スヴェタ』は都市型のリアリズムというべきスタイルで、両作のタッチは少し異なっています。作風を変えながら、鋭い視点で力強いドラマを生み出すイサヴァエヴァ監督、絶対に知っておくべき存在です。

『スヴェタ』は東京がワールド・プレミア上映になるのですが、この作品を世界で最初に紹介できるのは本当に光栄です。出演者は実際に耳の聞こえない方々で、来日も予定されています(ちょっとフライング情報)。特別なQ&Aになりそうで今から興奮しますね。是非この貴重な機会を逃されませんように!

次は中央アジアから東南アジアに移動して、マレーシアです。『アケラット - ロヒンギャの祈り』。副題から察せられるように、迫害されてマレーシアに逃れるロヒンギャの人々の存在がドラマの軸のひとつになっています。

しかし社会派の作品かというと、必ずしもそうではなく、主役は若いマレーシアの女性です。金を盗まれてしまったヒロインが困った挙句に手を出したのが、ロヒンギャ難民の人身売買に関わる仕事だった…。というのが映画の横軸で、縦軸にヒロインのラブストーリーが編み込まれていきます。この硬軟の組み合わせが、実に上手い。社会問題を背景にしたリアリズムと、ポエティックで美しいタッチが混じり合うセンスに監督の本領が発揮されます。

エドモンド・ヨウ監督は前作『破裂するドリアンの側の記憶』(14)が東京国際映画祭のコンペティションで紹介され、2作続けてのコンペ入りです。アジア期待の大器と僕は呼んでいますが、それは彼が自国だけでなく、アジア全域の文化歴史に目を向けているからです。

前作では日本やフィリピンの歴史も巧みに織り込み、今作ではミャンマーやタイといった隣国との関係を重視しています。他民族国家であるマレーシアの国民はマレーシア人としてのアイデンティティを探している途上にあると監督は語っていますが、彼にはアジア人としての自覚も強く伺えます。このようなスケールを持っている若手作家は決して多くはありません。

しかし、僕が大器と呼ぶのは、歴史意識があるからというわけではありません。叙事詩と抒情詩をひとつの作品で描けるような、ちょっとホウ・シャオシェンのような懐の深さが彼の作品から感じられるからです。『アケラット』も厳しい現実を描いていたはずが、徐々に映画は時空を超え、生死の境界も超え、個性的なラブストーリーはロヒンギャの苦難に対する祈りとなって我々の心に響いていきます。

ヒロインを演じるダフネ・ローは『ドリアン』に続くヨウ監督作品の主演です。相手役の男性には、ゼロ年代にマレーシア映画を牽引した故ヤスミン・アフマド監督の傑作『タレンタイム~優しい歌』(09)にも出演していたハワード・ホン・カーホウ(二胡を弾いていた少年も立派な男性に成長しました)。ふたりの魅力にも注目です。

ヤスミン・アフマド監督といえば、エドモンド・ヨウ監督のもう1本の新作『ヤスミンさん』が「CROSSCUT ASIA部門」で上映されます。こちらは昨年製作・上映された『アジア三面鏡2016:リフレクションズ』の中の1篇、行定勲監督『鳩 Pigeon』のメイキングとしてエドモンド・ヨウ監督がカメラを廻していたものがベースになっています。しかしやがてメイキングを越えて、ヤスミン監督を探す旅へと内容が発展していき、『ヤスミンさん』という独立した作品となりました。

エドモンド・ヨウという存在自体がアジア映画のハブになっていく予感すら漂う活動ぶりです。その作品世界とスケールを体感し、アジアを代表する監督へと飛躍するエドモンド・ヨウの姿を、ひとりでも多くの観客に目撃してもらいたいと願っています。

今回は重要な作家の紹介が続きました。どうかお見逃しの無きよう!
《矢田部吉彦》

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