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【MOVIEブログ】2017 豪州APSA出張日記(下)

<11月20日(月)> 7時起床。ダメだ。6時にどうしても起きられない。ランニングもサボりっぱなしだ。外の天気は晴れ、少し曇り。自分の意志の弱さを呪いながら朝食へ。今日はランチが早いので、朝はサラダだけにする。

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<11月20日(月)>
7時起床。ダメだ。6時にどうしても起きられない。ランニングもサボりっぱなしだ。外の天気は晴れ、少し曇り。自分の意志の弱さを呪いながら朝食へ。今日はランチが早いので、朝はサラダだけにする。

今朝は9時半集合で、試写室に移動して10時から1本目鑑賞。

12時からみんなでランチ。試写室から10分ほど車で移動すると、開放的でおしゃれな雰囲気の地域に着く。素朴で素敵な店が並んでいる。スタッフが連れて行ってくれたのはナイスな感じのテックス・メックス的レストランで、僕はチーズバーガーを頂く。ああ、美味しい。リンゴとパイナップルとミントのジュースがあり、これも爽やかでとても美味しい。しばしリンゴとパイナップルの話題になったので、PPAPって知ってる? とスタッフやジルたち審査員に聞こうかと思ったけれど、話題が変わってしまったのでやめておく。歌ったら盛り上がったかなあと、ちょっと後悔する…。

午後は13時15分から2本目、休憩はさんで15時半から3本目。これにていよいよ全作品鑑賞終了! 審査員一同喜びつつも、これで終わりなのかと一抹の寂しも漂う。もちろん、手厚くアテンドしてもらっているから当たり前なのだけど、もっと続けばいいのにと思ってしまう。各国の映画人とともに映画を見続け、一種の共犯関係を築いていく過程はあまりにもスリリングで刺激的だ。もっともっとジルやアドルフォたちと一緒に映画を見続けたい…。

18時にホテルに戻り、少し休んでから、ひとりでタクシーに乗って連日審査上映で使っていた映画学校の試写室に戻る。審査員長のジル・ビルコックさんの仕事振りを追ったドキュメンタリー映画のプライベート試写があるのだ。映画のことは聞いていて、オンラインリンクを送ってもらうようにスタッフに頼んでいたのだけど、急きょ関係者向けの試写が組まれたことを知り(APSAとは無関係)、スクリーンで見られるならばと駆けつけたのだ。

『Dancing the Invisible』というタイトルの作品は、ジル・ビルコックがテレビCMの編集を始めた60年代からスタートし、貴重なフッテージ映像とともに彼女の業績を紹介していく。『ダンシング・ヒーロー』、『ミュリエルの結婚』、『ロミオとジュリエット』、『エリザベス』、『ムーラン・ルージュ』、『ロード・トゥ・パーディション』…。そして、バズ・ラーマン、サム・メンデス、シェカール・カプール、ケイト・ブランシェットなど、錚々たるメンバーがジルの技術と人柄を称揚するコメントを寄せる。ケイト・ブランシェットは、自分が演じる役を理解するのと同じ深度でジルは映画の全てのキャラクターと物語を理解しているのだと語る。そうでないと感情を伝えるカットは切れないのだ。

ジルのインタビューもふんだんにフィーチャーされ、編集は物語を伝えるために最も重要な作業であり、監督の意図を実現するために監督本人以上にその意図を理解することが必要だと語る。映画の本質について、あっけらかんと、ケラケラと明るく笑いながら話す。本当に素敵な人だ。ここ1週間、親しくお付き合いしてきた方の偉大さがスクリーンから溢れ、僕はジルさんと仕事ができたことの栄誉の大きさに、あらためて身がすくむ思いがする。

僕は特に『ロメオとジュリエット』が好きで、96年に見た当時は序盤のがちゃがちゃした動きに随分と興奮したものだった。MTV的と評されたこともあったかと記憶しているけれども、過剰なスピード感は革新的で、水槽越しに見つめ合うレオナルド・ディカプリオとクレア・デインズ(そしてデスリーのあの曲が流れる)の名シーンとのコントラストも効いていて、歴史に残る作品だと思う。ジルは確かに時代を作った人なのだ。

ジル・ビルコックという人間の魅力もさることながら、映画編集という仕事に焦点を当てたドキュメンタリー映画は珍しいので、『Dancing the Invisible』はとても貴重な作品であるはず。いつか日本でも紹介できたらいいいのだけど。

感動しながらホテルに戻り、22時半。ロビー階にあるレストランに入ってみると食事のラストオーダーが終わっていたけれど、サラダなら大丈夫とのこと。シーザーサラダを注文して久しぶりにひとりで食事をする。お供にオーストラリア産のビール。美味しい。

ずっと今夜はジルさんの仕事と人柄について思いを巡らせながら就寝。この気持ちはまるで恋だ。

<11月21日(火)>
6時半起床。晴れているけれども、今日は大事な日なので疲れてしまうわけにいかないことを言い訳にして、ランニングはなし。こうやって自分に言い訳を始めるのは非常に悪い傾向だ…。

朝食を食べにレストランに行き、ビュッフェでマッシュルームや豆やソーセージや卵を皿に乗せて席に戻ると、ジルさんがちょうど入ってきて、「あら、一緒に食べようかしら」と言い、僕の山盛りの皿に目を丸くしながら向かいの席に座る。一晩中ジルさんのことを考えていたので、とっさにドギマギしてしまう。そのことをそのまま伝えると、ケラケラと笑ってくれる。

昨夜のドキュメンタリーの感想を伝えると、「2年半にわたって監督とカメラマンに追いかけられたので、もう大変だったわ」と嬉しそうにぼやく。僕が『ロメオとジュリエット』の美しいフッテージが見られて嬉しかったと言うと、ジルもあの仕事には誇りを持っていると答えつつ、「でも『ロメオとジュリエット』はアメリカで不評だったのよ」と付け加えた。え? どうして? と聞き返すと、「クラック(麻薬)中毒のロシア人が編集したみたいだ、って書かれたわ」。なんと! 「それは革命的だったからじゃないですか? 新しいものに人が反応できない典型的な例ですよ」と僕が言うと、ジルさんはニヤリと笑う。ああ、なんと幸せな朝!

8時45分にホテルのロビーに集合し、ひとつブロックを隔てた商業ビルの上層階にある会議室に移動する。ブリスベンの町が一望できる素晴らしいロケーション。いよいよ審査会議の始まりだ。

とはいえ、審査員チームはほぼ連日ランチも夕食も一緒に過ごしており、どの作品に誰がどういう意見を持っているかはもうおおよそ分かっている。なので、議論はかなりスムーズに進む。ジルさんが進行を仕切ってくれて、各審査員がそれぞれの意見を部門ごとに述べていく。

しかし、大詰めとなると、やはりいくつかの部門で意見の食い違いはどうしても出てくる。映画についての考え方と、賞についての考え方が錯綜してしまうと事態はいささかややこしくなる。例えば、僕は映画祭を運営している立場でもあるので、なるべくたくさんの作品が受賞するように配慮してしまう傾向がある。ひとつの作品の絶対評価が高ければ、その作品があらゆる賞を受賞することは原理的には正しいのだけど、ほかの作品にも機会を与えたいとどうしても思ってしまう。でもそれは必ずしもフェアではないことを理解はしている。自分が審査員となると、やはり作品の絶対評価は無視できない。

あるいは、これはまた例えばの話だけれど、技術に関する賞があったとして、その面でとても優れていても、それが映画の面白さに直結していなかったらどう判断すべきだろうか。仮に俳優が素晴らしかったとして、でもその映画自体はつまらなかったとしたら、その俳優は賞に値するだろうか…。賞に値するというのが一般的な答えではあるだろうけれども、一抹の疑問が残ることも確かだ。人の仕事に評価を下すなんて、本当に不遜な行為だけれども、これも映画賞のゲームのうちだ。しょうがない。不遜な行為と自覚しながらも、議論を詰めていくしかない。

幸いなことに、一切雰囲気が険悪にならず、終始穏やかな雰囲気の中で真剣に本音を語り合うことができた。5人の審査員のうち、4人が賛同して1人が反対したら、その1人の意見を徹底的に聞いて、みんなで理解しようとした。その1人も無理に我を押し通すことはせず、議論に漏れがないかどうかを確認するための発言であることが多く、本当に実のある会議が出来たと思う。

4時間ほどかけて、ユネスコ文化多様性賞、男優賞、女優賞、撮影賞、脚本賞、監督賞、審査員賞、そして作品賞の各賞を決定した。APSA自体の評価にもつながり、そしてもちろん各作品に関わった全映画人に影響を与える賞の行方を決めるというのは、やはりかなりの重責だったと感じる。最終的に審査員全員が納得できる結果となり、一同顔を見合わせて安堵のため息をつき、握手を交わす。

APSAスタッフが用意してくれたシャンパンで乾杯し、その場でサンドイッチのランチ。議論の過程を振り返りながら、しばし達成感にみんなで浸る。

14時にいったん解散して、午後は自由行動。僕はホテルに戻り、少しパソコン仕事をしようと思うものの、どうにも眠くなってしまい、少し昼寝。

1時間ほどで目を覚まし、毎日少しだけ書いていた日記ブログを整えてみる。書き足したいことがいろいろあって、ついつい時間をかけてしまうのだけど、こんなに長くダラダラとした文章を一体誰が読むのだろうと改めて不安になる…。

そうこうしているうちに18時15分になったので、ホテルの3階にあるバンケットルームに行き、APSAのカクテル・パーティーに参加する。前に書いたように、Asian Pacific Screen Awardはいわゆる「映画祭」ではなくて「映画賞」であって、本日我々審査員が決めた賞が、明後日の木曜日のセレモニーで発表される。そしてそのセレモニーに参加すべく、ノミネート作品の監督を始めとした作品関係者が集まってくる。

賞はあくまでセレモニーで発表するものなので、参加者はもちろん結果を知らない。つまり、各国からセレモニーに参加しつつも、受賞がなければそのまま帰国することになるのだ。映画祭であれば、自分の作品の上映とそれに付随したQ&Aなどのイベントがあるわけだけども、APSAはそれがない。アカデミー賞の形式で、出席しても手ぶらで帰るリスクがある。だからなおさら、真剣に賞を決める必要があるのだ…。

APSA会長のジャック・トンプソン氏(!)の挨拶で幕を開けたカクテル・パーティーに1時間ほど参加し、19時半からAPSAスタッフに連れられて審査員チームは会場を離れ、別のレストランに移動する。あまりノミネート作品の監督たちと交流するわけにいかないので(受賞結果を匂わしてしまうリスクは犯せない)、早めに隔離される形だ。リゾットとラム肉とワインを頂き、本日は23時前にお開き。ホテルにもどって早々に就寝。

<11月22日(水)>
7時起床。晴れている。たくさん寝られたし、今日こそはとランニング! ゆっくりと1時間走って、超快適。

しかしあまりに気持ちよくてたくさん走ったので、その後ぐったり疲れてしまった。バカだ。走った疲れが日中に影響しなくなるように、体が本当にランニングに慣れるまでにはもう少し時間がかかりそうだ。

本日は基本的にオフ日なのだけど、ありがたいことにAPSAスタッフが買い物や観光を企画して、審査員チームを引率してくれる。

まずは朝10時にロビー集合。用意してくれたバスに乗り、ブリスベンの現代美術館に隣接するアートショップへ行く。美術館もゆっくり見たいのだけど(草間彌生展が開催中で、常設展にも興味を惹かれた)、ショップが楽しくてみんな本やらグッズやらに夢中になり、たくさん買い物をする。僕もお土産をいくつか調達。地元にお金もちゃんと落とさないとね。

12時から少し仕事モードになり、クイーンズランド州の映画機構の方々とのランチに臨む。APSAに資金を出している行政組織の方々で、きちんとしたランチだ。各部門の審査員が数名招待され、僕もそこに加わり、いささかかしこまって着席する。

アニメ部門の審査員として参加している女性のプロデューサーがリードする形で、オーストラリアの映画助成について話題が白熱する。僕はほぼ聞き役に徹するしかないけれど、個人プロデューサーがほとんど噛みつかんばかりに役所の人に日頃の不満をまくしたてるので、なかなか興味深い。しかしオーストラリアのアクセントが混じった英語がネイティブ間で飛び交うとなると、なかなか話題についていくのが大変で、かなり集中して聴いていないと理解できない。その上で自分が発言するとなると結構大変だ。留学時代の悪夢が少し頭をよぎる…。

APSAスタッフが13時半に迎えにきてくれて、僕はランチを脱出。そして午後は極楽コアラ園訪問! 海外出張で観光をすることは滅多にないのだけど、動物園は大好きなのでこれは絶対に行かないと!

車に乗って約30分。景色が都会から自然へと移っていくと、興奮も高まってくる。そしてついに「Lone Pine Koala Sanctuary」に到着! オープンな動物園で、エミューやトカゲは放たれ放題でカンガルーにも直接接することが出来る。小さめのサファリパークと動物園が混じったような作りと言えばいいかな。

お約束のコアラだっこ写真を撮ったり、カンガルーに餌を与えたりして、もう大興奮。カモノハシや、ウォンバットもいる。そしてタスマニア・デビルという、なんだか見たこともない珍妙な姿をした動物の不思議でかわいい走り方にすっかり魅了される! 天気も素晴らしく晴れて、とてもはしゃいでしまった。ああ、もう天国のように楽しい。

夕方にホテルに戻り、Tシャツとジーパンからシャツとジャケットに着替えて、また少しかしこまったディナーへ。本日はブリスベン市長との会食。レストランの個室に30名ほどが長テーブルに座り、指定された僕の席はど真ん中で、なんと市長の隣。審査委員長のジルさんと僕とで市長を挟んで座る形で、どんだけ上座なんだ。市長の正面にはAPSAチェアマンのマイケル・ホーキンス氏。かなりフォーマルな雰囲気で、緊張する。

幸い、僕の正面には『少女は自転車にのって』(2013)が日本でも大いに話題になったハイファ・アル=マンスール監督が座ったので、気楽に話せて助かった。サウジ・アラビア初の女性監督としても知られるハイファ監督はアメリカで生活しているけれど、サウジの現状についていろいろと話してくれてとても興味深い。アメリカ人の夫とふたりのこどもも一緒にブリスベンに来ていて、ご夫婦ともども岩波ホールや神保町が懐かしいと語ってくれて嬉しい。

市長は長身で柔らかい物腰の方で、こちらに気を遣って話してくれる。でも政治の話をするわけにもいかず、映画の話にも限界があるので、共通の話題を探すとなると自然にラグビーに行きつく。ラグビーが好きでよかった! 日本が南アフリカを破ったゲームを市長は克明に覚えており、ラストで引き分けを選択せずにトライを狙ったジャパンのプレイを絶賛する。嬉しい。そして同じくラグビー好きのジルは、日本のナショナルチームの愛称が「チェリー・ブロッサム」であることを楽しそうにからかってケラケラと笑う!

市長が席を外して座が少し緩くなり、ハーヴェイ・ワインシュタイン問題に話題が及ぶ。金髪の美女であるジルは40年以上にわたって業界を生き延び、その過程であらゆる目に合ってきたという。そして、過去の恨みは過去のものとして、今と将来をよりよくするべく集中していくつもりでいると語る。女性の車の運転が最近になってようやく許され、改めて世界を驚かせたサウジ・アラビアの出身の女性であるハイファに、映画業界の先輩として心構えを説くジルと、それに反応するハイファのやりとりを聞いていると、とんでもなく貴重な瞬間に立ち会っている気持ちになって思わず背筋が伸びる。

まったく、かけがえのない日々が続く。ホテルまで歩いて戻り、0時過ぎには就寝。明日はいよいよ最終日だ。どうにもセンチメンタルになってしまう。

<11月23日(木)>
本日も7時起床。ランニングに出かけ、22~23度で湿気の全くない最高の朝の天気を満喫する。東京はもう冬に突入と聞いているし、これほど気持ちのいい思いをすることはこの先数か月はないのだろうな。ゆっくりと45分間ランニング。

ホテルに戻り、シャワーを浴びて朝食を取り、東京国際映画祭の直前に依頼されたまますっかり失念し、とっくに締め切りが過ぎていた推薦文の執筆に取り掛かる。1時間ほどで何とかひねり出し、メールで送信。遅れてすみません!

10時にロビーに集合し、セレモニー会場へバスで移動。ブリスベンの大きなコンベンション・センターだ。設営準備が進むホールに入り、舞台監督の指示のもと、セレモニーのリハーサルを行う。審査員それぞれが自分たちの役割を確認し、動きをおさらいする。これだけゆっくりとリハーサルが出来るのはいいなあ。トーキョーでも見習いたいところだけれど、「映画祭」と「映画賞」は似て非なるものなので、単純に真似できるかと言うと必ずしもそうではないところが難しい。

リハーサルは12時に終わり、当初の予定にはなかったもののAPSAスタッフ数名と軽くランチに行こうということになり、向かったのは「太郎」というラーメン・レストラン! 明日になれば東京でラーメン食べられるんだけどなと一瞬思いつつ、興味があるので飛びついた。醤油ラーメンを頼んでみると、これがとても美味しい! なるほど近年の世界でのラーメンブームは、やはりちゃんと美味しく作っているからなのだな。90年代後半にロンドンに住んでいたとき、こんなに美味しいラーメンは無かった。ラーメン業界が頑張っているのだろうし、ここ1週間で体験したブリスベンのアジア料理のレベルの高さも改めて実感する。

13時半にひとりでブリスベンのショッピング・エリアに出向き、スタッフに勧めてもらった古書店に行ってみたり、オーストラリアはコーヒーでも有名なので、これまた勧めてもらったコーヒーショップに行ってお土産用にコーヒー豆を購入したりする。あまり時間が無い中で効率よく回れてよかった。

ホテルに戻り、シャワーを浴び直し、タキシードに着替えて蝶ネクタイを締めて、16時半にロビーへ。一時間ほどシャンパン片手に審査員たちと談笑し、18時にホテルを出て会場へ。

ロビーで軽いレセプションやレッドカーペット的なフォトセッションがあり、19時半からセレモニー開始。ディナー形式のセレモニーで、大会場に60くらいの数の丸テーブルがあって招待客が座り、中央の長大な机にノミネート作品の関係者が並んで座る。参加者は700人くらいだろうか。満席で実に華やかな雰囲気だ。僕を含めた審査員の席は下手前方。主催者や市長の挨拶に続いて国際審査員の紹介があり、僕も壇上で一礼し、そしてノミネートされた全作品の関係者が檀上に招かれ、ここでいったんフォトセッション。

みんなが席に戻ったところから、食事がスタート。シャンパンやワインと前菜がふる舞われ、「ご歓談下さい」とアナウンスが入る。しばらく経ってから「ここからはしばしお静かに」というアナウンスが入り、ステージで演奏のパフォーマンスが披露され、いったん食事も中断する。このように参加者にあらためてステージに注目させてから、まずはアニメーション、ユース、ドキュメンタリーの各部門の賞の発表が行われる(この3部門の審査員は前述のハイファ監督や、プロデューサーのスティーヴ・アボットさんたち)。

つづいて再び歓談の時間に戻り、メインの食事が出る。そして再度演奏パフォーマンスがあり、続いて授賞式の後半に入るという構成だ。食事とショーと授賞式の組み合わせがなかなか巧みで、長時間のセレモニーにも関わらず中だるみがしない。僕はといえば、出番が終盤なので、それまでにどのくらい飲み食いしていいものか分からず、少しだけシャンパンをすすって食事はちょっと手を付けるくらいにしておく。かつて何度となく経験した結婚式でのスピーチを思い出す。スピーチまでに飲み過ぎてしまうとろくなことにならない(あるいはスピーチが終わるまで飲み食いする気がしない)というやつだ。

さて、いよいよ我々審査員の出番がやってくる。カザフスタンのアディルカン、中国のサイフェイ、フィリピンのアドルフォが次々に登壇し、各賞を発表していく。僕もやがて進行係から声をかけられ、席を立って舞台袖に向かい、待機する。作品賞のひとつ前の「審査員大賞(Jury Grand Prize)」を発表する大役だ。

そして司会から名前を呼ばれ、ステージへ。下手から登壇し、檀上のアシスタント的女性から、受賞者の名前が書かれたカードを渡される。もちろん受賞者が誰なのかは知っているわけだけど、カードを読み上げる演出なのだ。そのままステージを横切って上手のスタンドマイクに向かい、「こんばんは。APSAで賞を発表できることを光栄に思います」と挨拶。続いてカードに目を移し、「APSA審査員大賞は…、アレクザンダー・ヤツェンコさん! 主演された『Arrhythmia』の演技に対する授賞です」と発表する。

審査員大賞は、作品賞に次ぐ重要な賞との位置づけで、対象となるのは各ノミネート部門を横断して作品でも個人でもよく、審査員の裁量次第で自由に決めていいと主催側から言われた賞だった。一昨日の審査員会議の場で、皆が高く評価をしながら該当する部門にノミネートされていない場合、この賞の対象にしようということになった。つまり、ロシアの『Arrhythmia』の主演俳優の演技を全員が絶賛したのだけど、主演男優賞にノミネートされていなかったので審査員大賞としたのが経緯だ。

僕が賞を発表すると、司会が「それでは受賞作品の映像を見てみましょう」と言い、1分程度の映像が檀上の大スクリーンに流れる。その間にアシスタント的女性が僕のもとにやってきて、読み上げカードを引き取り、その代わりにトロフィーを僕に渡す。トロフィーが大きいので、両手が使えないと持てない。だからカードを戻すようにと言われており、細かいところまで気配りが行き届いた事前説明がありがたい。そして映像が終わると、受賞者が登壇し、僕がトロフィーを渡し、受賞者のスピーチに入る、という段取りだ。シンプルに見える進行だけど、こういう一連の動作はもたつきがちなので、事前のリハーサルがとても役に立った。檀上でもたつくのは本当にカッコ悪いものだ。

アレクサンダー・ヤツェンコさんは来場が叶わなかったので、ロシア領事館の方が代理でトロフィーを受け取り、そしてヤツェンコさんの受賞コメントが映像で流れる。

さてここで終わりではなく、審査員大賞はもうひとつあり、僕はそのまま檀上に残る。受賞コメント映像が流れている間に、アシスタント的女性から新しいカードを受け取り、司会が「審査員大賞はもうひとつあります。ヨシ(僕のこと)、発表をお願いします」と促され、再び僕はマイクに向かう。

少し間を置いてもったいぶってから、「ではもうひとつの審査員大賞を発表します…。『Scary Mother』を監督したアンナ・ウルシャゼ監督です!」と大きめな声で発表する。

ジョージアの新人監督が手がけた『Scary Mother』は、一般家庭の主婦が小説を執筆し、その過激でセクシャルな内容に家族が困惑するという物語で、審査員全員の評価がとても高かった。しかし監督賞の候補には『Loveless』のアンドレイ・ズビャギンツェフ監督もノミネートされており、こちらはヘビー級の大物で、作品も文句のつけられない傑作だ。審査会議でもっとも時間をかけて丁寧に議論をしたのが、この部分だった。結果、監督賞にズビャギンツェフ監督、審査員大賞に『Scary Mother』のウルシャゼ監督、という決定となったのだった。

僕はセレモニーの最初から、少し離れた席に座っている美少女が気になって、誰だろうとチラチラと見ていたのだけど、ちょっとパンキッシュで、多めの髪を横に流し、アンニュイで猫的な仕草をたまに見せ、シャルロット・ゲンズブールに雰囲気が似ている。女優賞が先に発表された際、受賞した『Scary Mother』の主演女優が抱きついた相手がこの美少女で、つまりはその美少女こそがアンナ・ウルシャゼ監督だったのだ。ジョージアの有名監督であるザザ・ウルシャゼ監督を父に持つ、才能あふれる新人監督だ。本人も実に個性的で、カッコよく、美しい。

アンナ・ウルシャゼ監督は檀上で喜びを爆発させ、僕も横で見ていて感激する。監督は外見によくマッチした低い声の持ち主で、スピーチの話し方は興奮しながらも素敵だ。僕はあっという間にファンになってしまった。

以上で僕の役割は終了。そのまま舞台袖に入って公式記念写真をウルシャゼ監督と撮影すると、急いで会場に戻り、ジルが作品賞を発表する模様を見学する。作品賞はオーストラリア映画の『スウィート・カントリー』。大男のウォーリック・ソーントン監督が登壇し「ここにいるノミネートされたみんな全員が、語るべき物語を持っています。この仕事に誇りを持って、一緒に進んでいきましょう」と感動的なスピーチを披露する。ヴェネチアでも受賞し、東京国際映画祭のワールドフォオーカス部門でも上映した『スウィート・カントリー』は、今年のアジア太平洋地区を代表する作品の1本と呼ぶにふさわしく、APSAの作品賞とすることに誰も異存がないだろう。審査員会議でも全員一致だった。

そしてこれにてついに全て終了!セレモニー終了が23時くらいだったかな。いったんお開きになったあとも会場に残れたので、受賞者に挨拶したり、審査員仲間と別れを惜しんだりする。10日間をみっちり一緒に過ごしたので、別れが惜しくてたまらない。みなさんと固く再会を約束しあう。

会場を1時くらいに出て、もう1軒ということになった。深夜営業のバーに行き、30名ほどでもう一杯。ここではとにかくスタッフにお礼を言う。みんな終了の開放感で安堵している。その気持ちはとても分かるので(何といっても2週間くらい前に自分自身が味わったばかりだ)、ひたすらスタッフの労をねぎらい、何度もお礼を言う。こんなに良くしてもらって、感謝の言葉をいくら並べても足りない。素晴らしい機会を頂いて、本当にありがとうございました!

3時半に店を出て、4時にホテル。90分ほど寝て、5時半起床。パッキングして、二日酔いは無かったけど空腹だったのでレストランで急いで朝食を食べ、7時にロビーへ。さっきまで一緒に飲んでいたメインのスタッフのひとりのシェリーンが見送りに来てくれている。たぶん全く寝ていないのだろう。僕も東京国際映画祭に来てくれたゲストはなるべく見送るようにしているけれど、逆の立場になってみるとやはりとても嬉しいことが良く分かる。最後の別れのハグを交わして、送迎車に乗り込む。

実は審査員の全員と別れたわけではなく、新作が東京フィルメックスに出品されているアドルフォ・アリックスJr監督が一緒。同じ便で東京に向かうので、空港のラウンジで一緒にぶらぶらと時間を潰す。フライトは1時間ほど遅延して11時過ぎに離陸。いよいよオーストラリアともお別れだ。ブリスベンは最高の思い出の地になった。また来られますように!

機内でブログを書いていると、ずいぶんと長文になってしまった…。自分の記録用でもあるので、お許し下さい。それにしても、10月25日に東京国際映画祭が始まり、続く10日間を乗り切り、オーストラリアに渡って10日間審査員を務め、帰国が11月24日。こんなに濃い1か月は2度とないのではないかな。本当に充実しました。

19時半に成田に到着。普段利用している京成スカイライナーのダイヤが人身事故の影響で乱れており、ここでも遅延が重なり、ようやく家に着くと23時を回っている。遠かった!日記ブログの最後の部分を書いて、そろそろダウンです。

※ちなみに受賞結果は以下の通り(ドキュメンタリーとユースとアニメは別の審査員チームが担当)。

<作品賞>
『スウィート・カントリー』(ウォーリック・ソーントン監督/オーストラリア)

<審査員大賞>
アレキサンドル・ヤツェンコ -『Arrhythmia』(ロシア)の演技に対して
アンナ・ウルシャゼ監督 -『Scary Mother』(ジョージア)の演出に対して

<監督賞>
アンドレイ・ズビャギンツェフ監督(『Loveless』/ロシア)

<ユネスコ文化多様性賞>
『Dede』(グルジア/マリアム・カチュヴァニ監督)

<最優秀男優賞>
ラジクマール・ラオ(『Newton』/インド/アミット・マスルカール監督)

<最優秀女優賞>
ナタ・ムルヴァニゼ(『Scary Mother』/ジョージア/アンナ・ウルシャゼ監督)

<最優秀撮影賞>
ピヨトル・ドゥコヴスコイ、ティモフェイ・ロボフ(『The bottomless bag』/ロシア/ルスタン・カムダモフ監督)

<最優秀脚本賞>
マヤンク・テワリ、アミット・マスルカール(『Newton』/インド/アミット・マスルカール監督)

<最優秀長編ドキュメンタリー賞>
『Last Men in Aleppo』(シリア/Firas Fayyad、Steen Johannessen、Hasan Kattan監督)

<最優秀長編ユース映画>
『The seen and unseen』(インドネシア/カミラ・アンディニ監督)

<最優秀長編アニメーション映画>
『Window Horses』(カナダ/アンヌ・マリー・フレミング監督)
《矢田部吉彦》

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