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ハリウッド映画界の悲劇・拳銃誤射事故はなぜ起こってしまったのか…撮影現場にあった事故前の予兆

アレック・ボールドウィンが使用していた拳銃が誤って実弾を発砲。直撃した撮影監督が亡くなり、その後ろに立っていた監督も肩に重傷を負うという悲劇が起きた。安全第一の撮影現場で何が起きたのか? ハリウッド撮影現場で仕事をしてきた筆者が現場目線で解説する。

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ハリナ・ハッチンス撮影監督  (C) Myung J. Chun / Los Angeles Times via Getty Images
ハリナ・ハッチンス撮影監督 (C) Myung J. Chun / Los Angeles Times via Getty Images
  • ハリナ・ハッチンス撮影監督  (C) Myung J. Chun / Los Angeles Times via Getty Images
  • 『Rust』撮影現場 Photo by Mostafa Bassim Adly/Anadolu Agency via Getty Images
  • キャンドル・ビジルに持ち込まれたボード Photo by Sam Wasson/Getty Images
  • 『英雄の証明』の撮影で使用された銃の小道具 Photo by Tamir Kalifa for The Boston Globe via Getty Images
  • アレック・ボールドウィン Photo by Roy Rochlin/FilmMagic
  • 『ミッション:インポッシブル』第7弾撮影現場Photo by Elisabetta A. Villa/GC Images
  • 様々な作品で使用される撮影小道具 Photo by Leonello Bertolucci/Getty Images
  • Photo by Sam Wasson/Getty Images

《文:Akemi Kozu Tosto/神津トスト明美》

米国ニューメキシコ州サンタフェで撮影中だった映画『ラスト(原題:RUST)』の撮影現場で、米俳優アレック・ボールドウィン(『ミッション・インポッシブル』シリーズ)が使用していた拳銃が誤って実弾を発砲。直撃されたハリナ・ハッチンス撮影監督が亡くなり、その後ろに立っていたジョエル・ソウザ監督も肩に重傷を負うという悲劇が起きた。

いくら銃の国アメリカとはいえ、映画の撮影現場に実弾が紛れ込むなどあるまじきことで、映画業界をショックに陥れている。安全第一の撮影現場でいったい何が起きたのか? 長年にわたりハリウッド撮影現場で仕事をしてきた筆者が現場目線で解説する。


映画撮影チームは軍隊のつくりに似ている


ハリウッド映画製作の舞台裏は軍隊にも似た厳しさがある。特に、米国映画俳優組合(SAG)や映画関係の裏方を総括しているIATSEなど、「ユニオン」と呼ばれる労働組合員で構成されている映画プロダクションは人件費が膨大になり、分刻みで何千何億というお金が流れ出ていく。映画の製作現場は、予算と時間との戦いに勝ち、映画製作というミッションを成功させるためにたくさんの人間が動く。

非常によく出来る現場アシスタントにどういう経歴の持ち主なのか聞いてみると、往々にして「もと米軍兵」という答えが返ってきたのを思い出す。軍隊で、ルールを重じる精神と命令を安全に遂行する訓練を受けた人材は、撮影現場が求める能力にピッタリである。部外者にとっては「そんな細かいことにまで気をつけるの!?」「またその注意事項繰り返すの?」といったルールが最前線で働く映像スタッフたちの安全を守っている。今回の事故ではそのルールがきちんと守られていなかったことから、人命が失われる大事故につながった。

撮影現場では無数のルールがある。それはすべて、もとを正せばすべては安全面から派生しているルールだ。分かりやすい例で言うと、例えば食事係のスタッフが、傾いている三脚を目にしても、親切心で直してあげるのは“ルール違反”となる。正しい行動は、即時にカメラ部に声をかけて状況を知らせる。もしも三脚が思ったより重く食事係のスタッフが腰を痛めてしまったら? 三脚上のカメラが落下して大破したら? などなど、責任の所在を見極めて自分の部署以外のものには無断で手を触れないというのがアメリカ撮影現場での鉄則だ。逆に、自分が管轄する部署では、ルールに則り責任ある行動をとるのがプロである。だがプロと言われているスタッフの中にも、経験不足がゆえにルールを全うできない人、あるいは経験があり過ぎて(!?)ルールを怠る人間もいる。 


事故の予兆:すでにあった危険信号


アレック・ボールドウィンが出ているとはいえ『ラスト』は低予算映画。低予算映画は往々にして切り詰めなければいけない品目が多い。だが、切り詰める品目を間違えると、『ラスト』のような惨事に見舞われる。

『ラスト』で銃関係の事故があったのは今回が初めてではなかった。10月16日にも誤射があったのだ。本来であれば、プロダクション内部で調査が厳しく行われ、拳銃管理の責任者がクビになることもあるはずが、当時は何も処理されていなかった。

『ラスト』で拳銃の管理責任者だったハンナ・グティエレス・リードはたった24歳。父親がハリウッドでも有名な拳銃管理の大御所でハンナは親の七光的に業界入りした。『ラスト』が管理責任者としては、たった2度目という経験の浅さだった。ハンナは事故の数週間前に地元ポッドキャストのインタビューでこう語っている。「仕事をオファーされた時に、自分がまだ経験不足なのではと心配になって断りかけた」。

様々な作品で使用される撮影小道具

それでも拳銃の管理を任せたのは何故か。シガラミもあるだろうが、メインの理由は予算との兼ね合いだろう。一番大きな出費となる俳優の出演料を値切ることは非常に難しい。よってしわ寄せがくるのは、スタッフへのギャラだ。しかし危険な銃を扱うスタッフを経験の浅い人間に任せるばかりか、最初の事故が起きたときに誰もケガをしなかったことから、ルールに反して知らぬふりをしているプロデューサーたちにも大きな責任があると思われる。(アレック・ボールドウィンはプロデューサーのひとりとして名を連ねている)


撮影現場におけるAD(助監督)の大切さ


出来るスタッフはギャラが高い。特に米国におけるADは、高給取りであるうえに製作陣営で非常に上の立場にある。日本のバラエティ番組などでよく制作ADがイジられる場面を目にするが、米撮影現場ではありえない光景なのだ。

米国の1st AD(第1助監督)は、準備の段階から撮影の流れにおいて最高指揮官となり、安全面や時間の仕切りにおいては、監督の上をいく権限を持ち合わせている。監督が無理を言い出したりすれば、出来ないことは出来ない、危険すぎる時にはストップをかける絶対的な権限を持っている。出来るADは、撮影を円滑に進行させるための知識、細部への注意、冷静さ、そしてリーダーシップが必要で、この特殊技能を備えたADはギャラも非常に高い。

超低予算映画で、「格安」ADを雇ったことから、撮影がボロボロになったという話をよく聞く。ADの存在はそれほど大切だ。

『ミッション:インポッシブル』第7弾撮影現場

ADは、必ず撮影現場でセーフティー・ミーティングと呼ばれる「朝会」を召集する。これは安全対策注意事項を、スタッフのみんなと共有するための集まりで、撮影準備の仕事が途中でもミーティング参加を優先する。これは火器や武器などが使用される現場ではなおさら大切だ。未然に事故を防ぐために、一般常識も含めて安全ルールをおさらいする場は非常に大切である。忙しい時には「面倒」に思えるミーティングだが、忙しいときだからこそ、決められたルールを丁寧に守ることが事故防止につながる。

『ラスト』でADを務めていたデイヴ・ホールズは、以前から撮影現場上での安全管理を怠っていたという証言が寄せられている。過去に、Huluの映画作品でホールズ助監督と仕事をしたことのある、パイロテクニック担当マギー・ゴールは、ホールズ助監督が現場でセーフティー・ミーティングを行っていなかったと証言している。


無視されたルールが悲劇の引き金


撮影現場で使用される拳銃は、オモチャだろうが本物であろうが、武器責任者の手を離れるのは、俳優がその拳銃を劇中(あるいはリハーサル)で使用している時のみと決まっている。

武器責任者は拳銃が安全であるかを確認する定められた手順を経るのがルールだ。撮影現場に実弾が紛れ込むこと、ましてやシーンで使用される銃に挿入されること自体が異常だが、もし万が一紛れ込んでいたらこの時点で判明するのが道理なのだ。

武器責任者が自分で銃を確認したあとは、助監督の目の前に持っていって再度証明する。引き金を引いた時、異物がつまっていて発射されたりしないか、拳銃の弾を入れるところや銃の筒を助監督の目の前でチェックして再確認する。そして俳優をはじめスタッフの中でも、不安を感じる人たちがいないように、助監督を通じて逐次コミュニケーションをとる。

『英雄の証明』の撮影で使用された銃の小道具

俳優に拳銃を手渡すのは、武器の責任者のみ。拳銃を助監督から俳優に手渡すことからしてルール違反になる。映画の撮影現場は銃をはじめ重機や配線、危険なスタントなど一歩間違えば命に関わる状況に囲まれている。だからこそ事故を防ぐためのルールが存在するのだ。

ルールがあっても人間はミスを犯す。今回が初めてではない撮影現場における銃の死傷事故をめぐり、撮影に本物の拳銃を使用すること自体が疑問視されている。「メア・オブ・イーストタウン/ある殺人事件の真実」など、すでに銃使用シーンをデジタル化している番組もある。これから事故の真相が明らかになるにつれハリウッドの銃に対する態度も影響を受けることになるだろう。

《Akemi Kozu Tosto/神津トスト明美》

映画プロデューサー・監督|MPA(全米映画協会)公認映画ライター Akemi Kozu Tosto/神津トスト明美

東京出身・ロサンゼルス在住・AKTピクチャーズ代表取締役。12歳で映画に魅せられハリウッド映画業界入りを独断で決定。日米欧のTV・映画製作に携わり、スピルバーグ、タランティーノといったハリウッド大物監督作品製作にも参加。自作のショート作品2本が全世界配給および全米TV放映を達成。現在は製作会社を立ち上げ、映画企画・製作に携わりつつ、暇をみては映画ライター業も継続中。

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