[cinemacafe.net BACKNUMBER] バックナンバー

ビッグ・フィッシュ
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29歳 男性
もう、3年も付き合っている彼女がいる。最近は、お互い仕事が忙しく、デートも電話の回数も減っている。ちまたでいう“マンネリな日々”が続いていた。しかし、彼女への愛情が冷めたわけではない。むしろ、昔と変わらず彼女を愛しているのだ。ただ、時間的な空白が素直な感情表現の妨げとなっていた。

そして、明日、彼女は20代最後の誕生日を迎える。普通にお祝いしようかとも思ったが、ここで一気に彼女の気持ちを取り戻すチャンスだと思った。そして、俺は一か八かのウソを付くことにした。

突然、電話で別れ話切り出した。
「合鍵を返して欲しい、明日会えないかな」。
もちろん、彼女は抵抗した。しかし、案外あっさりと申し出を受け入れてくれた。はらはらする気持ちを抑え、翌日、約束の場所へ。

彼女がやってきた。鍵を返すために。
気の強いの彼女はいかにも納得しないという顔をしながらも、毅然としている。そして、黙って鍵を突き出した。すかさず「俺も返すものがあるんだ」と返す。一瞬戸惑う顔を見計らって用意してきたプレゼントを差し出した。
「何これ?」と驚く彼女。
「ウソついてゴメン! 最近、きちんと話せていなかったから、どうしてももう一度気持ちを伝えたかったんだ。昨日は本当にゴメンネ&誕生日おめでとう!」
その後の彼女の強烈なワガママは大目に見るとしよう。今もお互い愛しているのだから。
 

25歳 女性

会社で社長のお誕生日にみんなでひと芝居うつことになりました。仕事中ケーキを買いにゆき、こっそりクラッカーを準備。ドアの外でケーキにロウソクを灯し、突然部屋の電気を消しました。

「社長! 大変です! 停電みたい! どうしましょう…あれを見てください!」とあわてた様子で社長をテーブルまで誘導。
そこにはロウソク付きのケーキが!
それを合図に一斉にクラッカー&ハッピバースデーをうたってお祝いをしました。社長はうっすらうれし涙を流していました。

後日、私は「仕事のことで話がある」と上司に呼び出されました。ごちゃごちゃ意味不明なことを言われて「なんなんだ…」と半ば苛立ちを感じながら席に戻ろうと階段を下り、ドアを開けると真っ暗。そう、その日は私の誕生日だったのです。息をひそめて待機していたスタッフからクラッカーと可愛いケーキでお祝いしてもらいました。素敵なウソを企てたら、素敵なウソのお返しもいただいちゃいました!









24歳 男性
彼女と激しいケンカをし、いつもは大抵僕の方が折れていたのですが、その時だけは絶対にこっちからは連絡しない、と決めたのです。
二日目の夜、ようやく携帯電話が鳴りました。
彼女が一言「ごめん」と言ってくれればすべて許して仲直りするつもりでした。
ところが電話の向こうからは「これまであなたに貰った物を全部返したいから今すぐうちに来て」
という不機嫌な声が。そして「それから私が貸してたCDと本、持ってきてよね」とだけ言って切れてしまいました。
すっかり頭に血がのぼった僕は彼女のアパートまで自転車を走らせ、わざと乱暴にチャイムを鳴らしましたが一向に出てくる気配がありません。
騙されたと思った僕はもはや怒る気力も失せて帰ろうとしました。

すると後ろでドアが開く音がして、振り返ると彼女が立っていました。
「お誕生日おめでとう」
とっさに腕時計を見るとちょうど日付が変わったところでした。


24歳 女性
皆さんはサンタクロースを信じますか? 私の家には小学校6年生までサンタが来ていて、毎年クリスマスの朝には枕もとにプレゼントとサンタからの手紙が届きました。
サンタの手紙はいつも全部カタカナで書かれていました。それは心なしか父の字に似ているような気がしないでもありませんでした。

小学校3年生のとき、うちはクリスマス・イブに引越しをしました。新しい家でダンボールの山に囲まれながら母が「今年はサンタさんも新しい家がわからないから来ないかもね」と言いました。私はサンタが来ないかもしれないなんて考えもしませんでした。

次の日、枕もとには何もありませんでした。しかし12月26日の朝に目覚めると、そこにはちゃんとプレゼントと手紙が置いてあったのです。
手紙にはカタカナで「ミチニマヨッテゴメン」と書かれていました。
学校でそのことを話すと友達は皆「サンタなんていないよ」と言いましたが、私は「絶対にいる!」とゆずりませんでした。

しかしそれ以来、私の心には小さな疑いが芽生えました。
一度生まれた疑惑はどんどん膨らみ、消えることはありませんでした。それでも両親の前ではサンタを信じているフリをしていました。

私が中学生になったのを境にサンタはぴたりと来なくなりました。
それについて私も両親も何も言いませんでした。

今思えば両親だって娘が薄々感づいていることぐらい知っていたのでしょう。それでも何食わぬ顔をしてサンタを演じ続け、私もあえて騙されていました。
馬鹿げた遊びだといえばそれまでです。
しかしサンタからの手紙は今でも大事にとってあります。
あの頃たしかにサンタはいたのです。
もしかすると今だって…


21歳 男性

某年7月6日。それは満月のきれいな夜だった。
当時15歳だった僕は、どうしようもないことで親父と口論になり、カッとして振り向いた瞬間、居間の片隅に置かれた汚らしい花瓶にぶつかった。床に落ちた花瓶は呆気無く割れてしまった。それは見るからに古ぼけた、小さな花瓶だったが、親父が昔から大切にしていた物だった。親父は一瞬、とても悲しそうな目をして、それから黙ってしまった。

翌日は親父の誕生日だった。我が家では未だに誕生日というと、夕食には全員が顔を揃える。しかし、その日は夜の8時を回っても親父は仕事から帰ってこなかった。昨日の喧嘩を気にしているのだろうかと思うと僕は胸が痛んだ。

たまらずに家を飛び出した僕は、最寄り駅まで走った。駅前の小さなスタンドでちびちびとビールを飲んでいる父を見つけた。「父さん」僕は声をかけた。
「・・・。」答えはなかった。このままでは、一家恒例の行事が今年で途切れてしまう。今年も豪勢なちらし寿司を用意して父の帰りを待つ母の気持ちが痛いほどに分かる。

そこで、僕は初めて父に嘘を付いたのだ。「父さん、母さんが倒れたんだ。」父は長い眉毛をぴくりと動かして、声を出した。「…嘘を付くなよ。今さっき母さんから、お前が迎えに行くからって電話があったぞ。」

夫婦の絆は強い。してやられた。「知っていたんなら返事くらいしろよ」僕はやるせない気持ちで吐いた。すると、親父は寂しげにニヤリと笑いながら言った。「あの花瓶、お前が小学生のとき、初めて父さんにくれた物だったんだぞ」そう言って親父は、少し誇らしげな顔をして、家に向けて歩き始めた。

あれから5年後の7月6日、親父は癌でこの世を去った。僕はかろうじて成人を迎えたけれど、あのときの親父の言葉は、今でも忘れられない。そして、あれから結局一度も、僕は親父に嘘を付けなかった。

25歳 女性
これは私が6歳の頃のお話です。

私には生まれたときからと言っても過言ではない程、とにかく記憶のある幼い頃から一緒にいる幼なじみのT君がいます。同じアパートで、お互いの姉・兄・両親も同じ歳という環境のため自然と仲良しになり、毎日のように仲良く遊んでいました。

ところが私の6歳の誕生日の前日、大喧嘩をしてしまいました。確か2人だけの秘密基地が、他の人にバレてしまったことが原因だったと思います。今考えると大したことではなく、いずれはそうなって仕方がないことなのですが、その頃の私たちにはとっても大切なことで… 「どっちのせいだ!」と泣きながらの言い合いになり、その日は「もういい!」とお互いの家に帰りました。

そして次の日、私は6回目の誕生日を迎えました。私の家では友達を呼んでのお誕生日会が開かれました。もちろんT君は来ていません。前日のことを謝ろうかなぁ…と思いながら、なんとなく時間が過ぎ、お誕生日会も終わってしまいました。

みんなが帰ってひと段落した夜の7時、子供にとってはもう遅い時間です。母からお隣のアパートの人に届け物をしてほしいと頼まれました。夏なのでまだ明るいし、その頃はお手伝いを頼まれること自体が楽しかったので、私は何も疑うことなく家を出ました…アパートの階段を降りると、T君がいました。そして恥ずかしそうに、私に小さなプレゼントを渡して「また新しい基地を作ろ。」と言ってくれました。
聞くと私の母に、家を出るようにウソのお遣いをお願いしたそうです。私はとっても嬉しくなって2人で自宅に戻り、昨日のケンカがウソのように、その日は一緒に花火をして、残っていたケーキを2人で食べました。
 


 
劇中、サンドラはエドワードのどんな突拍子もない話も信じています。それは、お互いが強くしっかりと愛し合っているから。ということで、第1回素敵なウソ選手権大賞は、危険な賭けで愛を再燃させた29歳男性の方に決定! ちなみにこれが本当のお話かどうか、わかりません…。
第2回を切望される方はこちらまで熱いメッセージをお送りください。