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物語のベースは同じだけれど、映画を観てまっさきに“違う”と感じるのは、リチャード・ギア演じる主人公の設定だ。弁護士で社会的地位もあり、収入も高い、何不自由なく不満もなく暮らしている理想的な男が、ふと心にささやかな空しさを抱えているという姿を通し、主人公の人間臭さをより強調した。
内助の功の象徴といった日本的な良妻のイメージから、自らも責任ある仕事をバリバリこなす外交的な妻へと変更された。夫の変化に戸惑う女心は同じでも、対応の仕方が微妙に違うのは、時代の変化か文化の違いか。
オリジナルよりも妻の存在感が大きいのは、登場シーンが多くなっただけではなく、妻の心理描写により重点が置かれているせいか。
オリジナルは中年夫婦にありがちな倦怠期の危機を描いたが、リメイクでは、明るくエネルギッシュな妻との関係はいたって良好であり、ぎくしゃくした関係などは一切描かれておらず、むしろ仲むつまじい夫婦像が映し出される。そこから、完璧に見えるカップルにだって、問題があり、相手に対する不安を抱えているというデリケートなテーマが明確にされている。結果的に、より夫婦愛に焦点が絞られた。
多くの異文化が共存するアメリカらしく、ダンス教室に通う生徒として人種の違うキャストを集めたところもリメイク版の特徴だ。作品に登場する白人、黒人、ヒスパニックたちの間に、踊ることを通じて年齢、性別、職業、文化の違いを超えた共感が芽生える姿が映し出され、そこには物語が持つテーマがはっきりと打ち出されている。
中年のダンス教師を上品な役柄として描き出した周防版とは対照的に、チェルソム版ではお酒がやめられずレッスン中もこっそりウィスキーをあおるという少し崩れた先生キャラが登場する。オリジナルのたま子先生に比べると、ぐっと現実的で人間らしい中年女性の姿を描いているところには、先生はなんとなく立派な人間とイメージしがちな日本人と、先生もひとりの人間として見るアメリカ人との違いがあらわれているのかもしれない。