『ヴァージン・スーサイズ』で長編監督デビューして以来、『ロスト・イン・トランスレーション』『マリー・アントワネット』『SOMEWHERE』で、女性たちの持つ繊細さや心の揺らぎを描いてきたソフィア・コッポラ監督。ヒロインにキャスティングされてきたキルスティン・ダンスト、スカーレット・ヨハンソン、エル・ファニングらは、少女性を残しながらも大人びているというアンビバレントな危うさを感じさせ、独特の透明感と美少女特有の謎めいた雰囲気を持つ女優たちでした。彼女たちが演じてきたのは、儚げでイノセントな雰囲気を持ちながらも、どこかに残酷さや冷たさを感じさせるキャラクターたち。そんな少女と大人の女の狭間で揺らぐ主人公や、永遠の少女性を想像させる甘いヴィジュアルなどは、ソフィアが90年代から牽引してきた“ガーリー・カルチャー”の代表格でした。
ところが、最新作『ブリングリング』はひと味違います。大人の一歩手前にあるティーンエイジャーの危うさを描いたところ、絶妙な音楽の使い方、ファッショナブルなセンスは、これまで通りソフィアらしい部分。ところが、題材としたのは、ハリウッド・セレブの豪邸を襲ったティーン窃盗団という、全米メディアを騒然とさせた衝撃の実話なのです。舞台は世界的なセレブリティが暮らす、ロサンゼルス郊外の高級住宅地カラバサス。地元の高校に通うニッキーたち5人の少年少女は、外出中だということがバレバレなセレブリティの豪邸をネットで調べては、面白半分で忍び込み、高価な服やバッグ、靴、ジュエリーなどをちゃっかりいただくというえげつない犯罪を繰り返します。その様子は、まるでショッピングでも楽しんでいるかのよう。ゲーム感覚で行った短絡的な行動は、若気の至りそのもの。でも、その悪ふざけはいつしかエスカレートしていき、全米を巻き込む騒動へと発展していくのです。
本作がこれまでソフィアのトレードマークだった“ガーリー・カルチャー”を代表する作品ではないのは明らか。この異変こそ注目すべきポイント。そこに、ソフィアの成長が感じられるのです。
これまでのソフィアの作品には、野心のようなものが一切感じられませんでした。父をはじめ、映画界で力を持つ者たちを家族に持ち、恵まれた環境で育った彼女は、前のめりになることなしに、その才能を自然体で花開かせたのです。好きなことを好きなようにやり、自分なりの審美眼を駆使してきた彼女は、生き馬の目を抜く映画界でもひときわ個性的な映像作家として特異な存在に。でも、才能ある人間とはひとところにはとどまらないもの。いつまでも“ガーリー”ってわけにはいかないわ、という決意があったという感じもないので、本作はあくまでもこれまでの作品の延長線上にある自然な成長の証。さらに言えば、今まではヒロインとソフィアの間には親密さが感じられましたが、今回はソフィアが少しヒロインたちと距離を置いていて、淡々と描いているような印象さえするところに、大人の視点や、現代を写し取ろうとするちょっとした野心のかけらのようなものも見て取れるのです。
そして面白いのは、ガーリー・カルチャーの教祖ソフィアと、エマ・ワトソンという組み合わせ。ともすると正攻法とも思えるこの組み合わせですが、ソフィアがあえて、自由気ままでやや品性に欠ける大胆不敵な若者(ややTVドラマ『ゴシップガール』風)として、優等生イメージが色濃いエマを起用したというのは、二人の目的が合致したと言うことなのかもしれません。
2人の目的、それは新たなる可能性を求めて、違う扉を開くこと。『ハリー・ポッター』シリーズでハーマイオニーを演じてきたエマが、ここ数年は優等生イメージの払拭を模索しているのがよくわかります。『ウォール・フラワー』では、恋愛に奔放な役を、おバカなコメディ映画『ディス・イズ・ジ・エンド 俺たちハリウッドスターの最凶最期の日』では本人役を、公開中の『ノア 約束の船』では髪ボサボサ泥まみれもいとわず“汚れ役”を熱演。なかでも、イメージチェンジの極め付けが、『ブリングリング』というわけ。コギャル風の喋りや態度、ゴージャスな盗品を自慢げに身につけて歩く姿に、もはや“ハーマイオニー”のかげはないのです。
本作には、きらびやかなセレブの豪邸が登場したり、シャネル、エルメス、ルイ・ヴィトン、クリスチャン・ルブタン、アレキサンダー・マックイーンなどハイセンスなファッションアイテムがこれでもかというほど披露されたりと、雲の上の暮らしぶりを覗き見できる楽しさもあります。特にパリス・ヒルトンが撮影を快諾したという自宅のクローゼットは必見。彼女のゴージャスな生活とファッショニスタぶり、自己愛ぶりは見ていて唖然ですし、「何でそんなにセレブに憧れちゃうわけ?」とでも言いたげなソフィアのちょっと意地悪な視点が満載なところも、かなり見ものなのです。
でも、それよりも何よりも、いわば恵まれた環境で若くして才能を開花させた女性たちの、新たなる挑戦が『ブリングリング』最大の見どころ。2人の今後が、さらに楽しみになる作品です。
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オーランド・ブルームやリンジー・ローハンらセレブたちのクローゼットから、あらゆる高級ブランド品を盗みまくった少年窃盗団“ブリングリング”。そんな彼らに狙われた数ある豪邸の中で、本作で実際にロケで使用されたセレブの家がある――それが、アメリカでも有数の富豪パリス・ヒルトン邸だ。
クローゼットの一角にある宝石入れを全てカラにされたというパリスだが、その総被害額は200万ドル…。パリス自らがこの巨大&豪華絢爛なクローゼットの中を案内してくれる特別映像をぜひご覧あれ!
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