Night Of The Living Dead

ジョージ・A・ロメロ「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」監督・脚本・撮影監督

嘘もごまかしもない 伝えたかったことをぶつけた

1940年、ニューヨーク生まれ。
ペンシルベニア州ピッツバーグの名門校 カーネギー・メロン大学に進学する。
卒業後、映画(主に短編)やコマーシャルを撮影し、短い期間だが子供向け番組“MisteRogers 'Neighborhood ”の制作にも携わる。

60年代後半、友人数名とイメージテンプロダクションを立ち上げ、それぞれ600ドルづつ出資し、後にアメリカンホラーの代表作として称賛された『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』を製作。わずか10万ドルという限られた予算の中、この作品はモノクロで撮影され、プロダクションの共同設立者ジョン・A・ルッソとの共同執筆によるストーリー性に富んだ脚本が、当時過剰とも思われた血しぶきと見事にマッチし、製作費の何倍もの興業収益をあげた。
1999年にはアメリカ国立フィルム登録リストにその名を残すまでになった。

1971年 “There's Always Vanilla”、1973年“The Crazies”、1972年『悪魔の儀式』、1977年、後に妻となったクリスティーン・フォレストと出会った『マーティン/呪われた吸血少年』など比較的地味でヒットせずに終わったが、ホラー雑誌で小さくではあるが取りあげられ、一部のマニアから評価を受けた。

 1978年、『ゾンビ』で再びゾンビ映画を監督し、『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』を凌ぐ成功をおさめた。本作は、モンロービル・モールで深夜撮影され、ゾンビの伝染から逃げる4人がそれまで楽園と信じていたショッピングモールに閉じこめられ、彼ら自身が己の欲望の犠牲者となるという悲劇を描き、わずか150万ドルで制作されたにも関わらず世界中で4千万ドル以上の収益をあげ、そして2003年には「エンターテイメント・ウイークリー」誌の「トップ・カルト映画」に選出された。また、これが特殊メイクアップアーティストのトム・サヴィーニと手を組んだ最初の作品でもある。
この成功により莫大な予算と優れた俳優を獲得。1981年、有望な新人俳優エド・ハリスを起用した『ナイトライダーズ』のようにロメロ作品は豪華なキャスティングを見せた。

続いて、1982年、彼の代表作とも言われる『クリープショー』を発表、この作品で初めてホラー作家スティーブン・キングの原作を脚色し脚本を書く。有名スターの出演とメジャー映画会社の配給により『クリープショー』はまずますの成功をおさめ、自身によって続編が制作された。

ロメロは続いて「ゾンビ三部作」の完結作『死霊のえじき』を発表する。
2005年、最新作『ランド・オブ・ザ・デッド』が公開され、現在は他に3本の作品を抱えている。

「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド」

DVD発売中

お問い合わせ:株式会社デックスエンタテインメント
TEL/03-5440-0750