
1946年、メリーランド州ボルチモアで誕生。ウォーターズは、少年期から映画に興味を持ち、特にケバケバしい広告をうったB級映画に夢中になった。12歳のときから雑誌「バラエティー」の定期購読をはじめ、記事を読みふけり業界用語を覚えた。
ディヴァインやデイヴィッド・ロチャリー、メアリー・ヴィヴィアン・ピアース、ミンク・ストール、そしてエディス・マッセイなど主に彼の故郷、ボルチモアの役者や古い友人などを起用し、美術のヴィンセント・ペラーニオ、衣装デザイナーのヴァン・スミス、そしてキャスティングの パット・モランらスタッフとも長年の付き合いを築いている。
1964年、メアリー・ヴィヴィアン・ピアース主演の初監督作品“Hag in a Black Leather Jacket”、続いて1966年に、“Roman Candles”を撮影。本作は、初めてディヴァインとミンク・ストールが登場した記念すべき作品である。
1967年、初の16ミリ映画“Eat Your Make up”を監督、これはノイローゼの女家庭教師とファッションモデルを誘拐した男の話であった。
1969年、ウォーターズ初の長編映画『モンド・トラッシュ』を監督したが、ウォーターズと俳優の2人が公然わいせつ罪で逮捕されたため、撮影中断になったといういわく付きの作品となる。
1970年、セルロイドの残虐行為を描いた『マルチプル・マニアックス』を完成させる。この作品では、ディヴァインが疑うことを知らない善良な市民をテントにおびき寄せては「変態パレード」を見せるという物語である。
1972年、ウォーターズは70年代アメリカ・インディペンデント映画で最も“悪趣味”とうたわれた『ピンク・フラミンゴ』を製作。ディヴァイン演じる“バブス・ジョンソン”がミンク・ストールとデイヴィッド・ロチャリー演じる悪の“コニーとレイモンドのマーブル夫妻”と「世界一お下劣な人間」の称号を争い戦うさまを描いている。
この成功に続き、10年の間に3本の映画を手がけ、1974年、『フィメール・トラブル』、1977年、『デスペレート・リビング』が公開。悪名高いマフィアの情婦をストリッパーのリズ・レネーが演じている。
1981年、ディヴァインとタブ・ハンター主演のワイド・スクリーンの喜劇メロドラマ『ポリエステル』を完成させる。映画館の観客へ、臭い付きのスクラッチカードが渡され、カードをこするとたちの悪い臭いがする仕組みになっていた。
1988年、『ヘアスプレー』では、スターにあこがれるティーンエイジ・アイドルたちのステージママの精神状態を多額の予算を投じて描き、一大コメディ・エンターテインメントを作り上げた。
1990年、ジョニー・ディップ主演のミュージカル仕立ての風刺青春コメディ映画『クライ・ベイビー』を監督。
1994年には、キャスリーン・ターナーとサム・ ウォーターストーン主演のドタバタ・ブラックコメディ『シリアル・ママ』を発表、同作はカンヌ映画祭の閉会式で上映された。
1997年、25周年を迎えた究極のお下劣映画『ピンク・フラミンゴ』は、未発表であったシーンを加えられ再上映された。
1998年、エドワード・ファーロング、クリスティーナ・リッチ主演の『I Love ペッカー』、2000年、『セシル・B ザ・シネマ・ウォーズ』、2004年には、脳しんとうを起こし、それが原因で肉欲に溺れていく女性を描いた『ダーティ・シェイム』を発表。
ウォーターズは、脚本や長編映画を手がける一方で、作家としても活動しており、サンダーズ・マウス・プレスより「ジョン・ウォーターズの悪趣味映画作法(Shock Value)」や「Trash Trio(トラッシュトリオ)」を出版、スクリブナーより「クラックポット(Crackpot)」、スケイロ・ブックスより「Director's Cut(ディレクターズ・カット)」を出版している。