タイの国民的競技であるムエタイの凄さを世界に知らしめた『マッハ!』から6年。ノンスタント、ノンワイヤーアクション、一切の妥協なしの超人的アクションを放つプラッチャヤー・ピンゲーオ監督が、最強ヒロインを誕生させた新作『チョコレート・ファイター』を引っさげ、日本に戻ってきた。各国から最強ファイターを招集し完成させた本作でヒロインの父親、不屈の日本人ヤクザ・マサシ役に抜擢されたのは、いま最も忙しい俳優の一人、阿部寛。タイと日本、国境を越えて、固く手を交わした2人に話を聞いた。「出演を断ってもらった方が気楽だったかも(笑)」(監督)「阿部さんの真剣味の漂う目の輝きが好きなんです。(ヒロインの)ジージャーも目の輝きがある子なので、親子としていいかなと思いました」と、今回の起用の決め手を話すピンゲーオ監督。実は、TVドラマ「ドラゴン桜」や「HERO」などが放映され、タイでも有名な存在となっていた阿部さんだが、実際に会ってみて印象が変わったとも。「既にたくさん経験を積まれた有名な大スターなので、自分の中でイメージが出来ていたんですけど、会ってみたら予想に反して、とてもソフトで物静かな方だなと。いままでお願いしてきた主演俳優さんたちは、トニー・ジャー(『マッハ!』)もジージャーも監督としては気楽に指導できたのですが、阿部さんからOKの返事をもらえたときは興奮して、逆に緊張してしまいました。もしかしたら、断ってもらってた方がもっと気楽だったかもしれませんね(笑)」。一方、阿部さんは監督からのオファーにふたつ返事でこの役を引き受けたと言う。「元々、『マッハ!』を観てたのですが、この映画を観たときは『すごいな!』という衝撃を受けましたね。かつてはブルース・リーやジャッキー・チェンがアクション界を引っ張っていて、それ以上のものは出来ないだろうって思ってたときに突然、リアル・アクションのものが出てきたので。CGでいろんなことが出来る時代に、ほとんどノンCG、ノンワイヤーであれだけのアクションを見せる、そこに久々に衝撃を受けました。その監督からまさかオファーが来ると思ってなかったんですけど、やっぱりぜひその現場に行ってみたいなと思ったので、ふたつ返事でやらせていただきました。ただ『アクションは僕、そんなに出来ないです』ということは一応前置きしながらですけど」。同じ60年代生まれ、同世代の2人にとって、アクション界の英雄といえば少年時代に見たブルース・リー、そしてジャッキー・チェンの名が筆頭に挙がる。本作のエンドクレジットで流れる数々のNGシーンからも、監督の香港アクションに対する愛着が伝わってくる。「いつもジャッキー・チェンの映画を観るときは、最後のNG集が楽しみで、自分もいつかああいうのを作ろうと思っていたんです。メイキングシーンを加えることによって観る人もどんなに大変な撮影だったか納得してもらえるでしょうし。ただ一つ、残念なことがありまして…。実は、阿部さんも現場でケガをされたのですが、私たちは日本の有名なスターをケガさせてしまったということで、驚きのあまりみんな顔も腫れてしまって。本当だったら、そのシーンこそカメラに収めておくべきだったのですが、もうカメラマンまで『どうしよう…』っておののくばかりで。結局これを見せたら日本国中が怒って、日本からクレームが来るんじゃないかと思って出来ませんでした」。一年半越しで完成させた、執念のアクションシーン監督の言葉に笑う阿部さんだが、果たしてその真相は…。「映画では殺陣のシーンになってるのですが、実は当初の予定では、殴る蹴るのシーンになっていまして、オランダのキックボクシングの女性選手と韓国のムエタイ女性チャンピオン、それからプロボクサーの辰吉(丈一郎)さんとも世界戦で闘ったという男性の3人にボコボコに殴られてやられるというシーンだったんです。3日間ほどかけて撮影したのですが、やっぱり海外の方は殺陣に慣れていないということもあって、たまたま2回バーンと当たってんですね。本物の選手なのでそれなりに痛かったんですけど(笑)、でも現場でケガというのは付き物ですからね」。異国の地・タイで日本人一人という環境の中で、まさに妥協なしの映画作り。だが、このシーンを撮り終えてから一年半後、阿部さんはもう一度タイに戻り、アクションを撮り直したのだとか。「もう一回、ソード・アクションをやりたいから一年半後にまた来てくれないかと言われて5日間だけ行かせていただいたのですが、そこにちょっと感動しました。期間を経ても、それだけ作品に対してこだわってやるというのは、日本ではなかなか同じようなシステムを組めないじゃないですか。やっぱり時間が空いてしまったら、ある種妥協せざるを得ないんだけど、もう一回、違う日本の刀のアクションに変えて撮らせてくれたという、僕はそのリアル・ファイトへのこだわりに感動しましたね。実際に殴られたシーンは今回は使われてはないんですが、監督のやり方は役者としてすごく嬉しかったですし、一つ一つ丁寧に作っていく姿勢は日本の俳優として見習うところがあるなと思いました。最近の映画とは一線を画した、このリアル・アクションを観ていただきたいですね」。監督から阿部さんへ、新たなるオファーこれにうなずき、ピンゲーオ監督も、何よりこの日本刀を使った闘いのシーンを見てほしいと言う。元々日本映画のファンとあって、刀アクションはもちろん、日本語で書かれた店の看板など劇中の随所に散りばれられた和のテイストは監督ならではの計らいだ。「日本の映画は、アニメーションも含めていろんなものを観ています。子供の頃から『仮面ライダー』や『タイガーマスク』、それからアニメーションでは『愛と誠』などを観てました。また、日本の文化にすごく憧れて育ってきたのですが、どういうところに憧れるかというと、繊細さとテクノロジー、この両方が同じ国の文化の中に共存しているということですね」。そして、この映画が「日本でいつ上映出来るかと、長くこの日を待っていました」と少年のような屈託ない笑顔を見せてくれた監督。「阿部さんにはまだお願いしてないんですけど…」と切り出し、こんなオファーを最後に残していってくれた。「実はここだけの話、『チョコレート・ファイター2』を作ろうと思ってるんです。まだストーリーも決まっていないのですが、日本を舞台に撮影したいと思ってます。なので、ぜひ阿部さんには次回もストーリー作りの段階から一緒にアイディアを出していただいて、阿部さんのアクションも増やせればと考えてます。まだ阿部さんにもお願いしないで、いきなり記者さんに話してしまってるんですけど(笑)」。この突然のオファーに照れ気味に応じる阿部さん。果たしてその実現やいかに? 日本とタイ、国境を越えた熱き才能の再結成とともに、新たなるアクションが炸裂される日を待ちたい。
アジア・フィルム・アワード、宮沢氷魚が『エゴイスト』で受賞 『ドライブ・マイ・カー』は作品賞含む3冠 2023.3.13 Mon 14:30 アジア全域版アカデミー賞といえる、「第16回アジア・フィルム…