加瀬亮インタビュー 日本映画界に警鐘を鳴らす…「小さな声を潰そうとするのは危険」

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加瀬亮『はじまりのみち』/Photo:Naoki Kurozu
  • 加瀬亮『はじまりのみち』/Photo:Naoki Kurozu
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  • 『はじまりのみち』 -(C) (C) 2013「はじまりのみち」製作委員会
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喜び、哀しみ、愛情、怒り。

激するのではなく、しかし豊かに――加瀬亮の浮かべる静かな笑みと穏やかな口調からは様々な感情が伝わってくる。怒り? そう、『アウトレイジ』シリーズや『SPEC』の中で見せた激昂とは全く違う種類の、どこか哀しみさえ感じさせる怒り。それは映画『はじまりのみち』において彼が演じた映画監督・木下恵介が時代の中で感じていたのと同質の怒りと言えるかもしれない。演技を超えて、時代を超えて、日本が誇る名匠と彼を演じたひとりの俳優はどのような思いを共有したのか?

『二十四の瞳』、『カルメン故郷に帰る』などの名作を世に送り出した木下恵介監督の生誕100周年を記念して製作された本作。木下監督が新聞に寄稿したエッセイを基に、戦争末期、病床の母を疎開させるためにリヤカーを引いて数十キロの道のりを昼も夜もなく歩き続けたというエピソードを映画化した。

「単なる美談にはしたくない」。それが木下監督その人を演じる上で、最初に加瀬さんが考えたことだった。日本映画の黄金期を支えた名匠の若き日の苦難、最大の理解者である母を思う息子…。いわゆる“道徳映画”となる要素はふんだんにあったが、そうしたレールを外し、人間・木下恵介の生々しい感情を掘り起こしていった。

「映画の基となったエッセイはもちろん、生前の監督が遺した映像作品や大量の資料にも目を通したんですが、そこから浮かんでくるのは、どう考えてもただの好青年じゃないんですよ。もちろん純粋な一面も持っているけど、それと同様にパンクで過激で辛辣で生意気なところもある。欲張りと言われるかもしれないけど、シンプルな3日間ほどの物語の中に、そういった全ての面を入れられないかな、と思いました」。

メガホンを握ったのは、『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』など数々の話題のアニメーション映画を手がけてきた原恵一。本作が初の実写監督作となったが、監督と役や作品の方向性について思いを共有できたことが、加瀬さんの大きな支えとなった。

「僕自身、先ほど言ったような思いを抱えながらも、脚本の読み込みが甘かったです。最初に脚本の読み合わせがあったとき、いわゆる多くの人に好かれるであろう好青年として読んだんです。でも自分で強烈な違和感を感じてました。この物語の時期は、木下監督の人生の中でもいろんな屈折を抱えた特殊な時期。嫌な奴に見える部分を出してもいいんじゃないか? と思って、監督に相談しに行ったんです。そうしたら『その通りだ。それは脚本に盛り込まれているからもう一度、読み込んでみてください』と仰ったんです。それから何度も読み返す内に、セリフの表向きの意味と内面の気持ちの違いが見えてきました。一読して分からなかった奥に潜んだ思いを掘り起こして立体化していくような作業でしたね」。

映画で描かれるのは、昭和19年の夏。当時、松竹に所属していた木下監督は、戦意高揚のために依頼されて監督した『陸軍』のラストシーンに、息子の出征を悲しみの表情で延々と見送る母の姿を挿入したことで当局からにらまれるれ、怒りのあまり会社に辞表を叩きつける。作りたい映画が作れず、ようやく掴んだはずの映画という夢を手放し故郷へ帰ってきた男――。加瀬さんは木下監督が持つ独自の視点とその内面についてこう語る。

「当時、多くの人の気持ちが戦争を賛同する方向へと傾いていく中で、木下監督は『陸軍』で描いたような視点を失わず、それを作品で表明した。そういう人はきっと、大きな孤独を感じていたんじゃないかと思いました。『陸軍』で描いたような母親はきっと実際に多くいたはずで、監督はそういう人の視点や声をも拾おうとする。大きな流れから漏れてしまった人の心にも寄り添う視点が木下作品にはあると思います」。

単純に戦時中の状況と現代を比べて論じることはできないと断りつつも、加瀬さんは、どこかで当時の社会状況と現代の世の中を取り巻く“空気”に似たものを感じるという。それは、自らも身を置く“モノを作品を作り出す現場”、それを世に伝えるメディアの側の責任でもあるとも。

「多くの人が賛同すると、そのことで徐々に大きな力を持って、さらに多くの人がそれに寄り添うようになるという風潮はいまの世の中にもあると思う。そのこと自体が間違っているわけではないけど、それがやがて、そこから外れた小さな声を潰そうとするようになるのは危険なことだなと感じます。それは(痴漢冤罪をテーマにした)『それでもボクはやってない』に主演したときもいろいろ調べて感じたんですが、一つの事柄でも光の当て方によっていろんな見方ができるし、そうした多様性があることが健全だとも思う。

でもそうした相対性が徐々に失われてきてるんじゃないかと感じるところはあります。例えば、ある番組でラーメンを特集して、それが高視聴率を記録すると、みんなが同じような番組を作り始める。ひと昔前なら『あっちはラーメンやってるけど、ウチは同じことはやらない』といういい意味でのプライドがあったと思うんです。いまは一つのものが『いいね!』と評判を集めると、みんながそれに群がる。それは一方で、声の小さな誰かを追いつめることになるかもしれないとも思います」。

様々なジャンル、テーマの作品を世に送り出した木下監督が常に持ち続けた小さなものへの視点。世の中の主流でもなく、決して大多数に支持はされないかもしれないが確実に存在する視点。加瀬さんがそれを大切に思うのは、何より“俳優・加瀬亮”の原点がそこにあるから。大学時代、舞台で俳優活動を始めた加瀬さんに衝撃を与え、同時に「映画の世界の住人になること」を決意させたのが、いまは亡きエドワード・ヤン監督の『嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』だった。

「上手く言えないんですが、『ここが居場所かな?』と思ったんですよね、勝手に(笑)。それまで、本を読んでもどんな作品を観ても、埋まらなかったものが埋まったような感覚というか。『救われた』というのは大げさかもしれないけど、ホッとして励まされたような感覚はいまでも覚えています。あの作品の出演者たち(※当時10代半ばのチャン・チェンなど)は、実はこれまで演技をしたことがないような人たちばかりで、偉そうな言い方ですが、『演じる』ということが決して特別じゃないんだ、と近くに感じられたんです」。

同作もいまなお高い評価を集めてはいるが、決してハリウッドのメジャー作品のように誰もがタイトルを知る作品でもなければ、公開時も大々的にあちこちの劇場で上映されたわけでもない。そして以降、俳優としての道を歩み始めた加瀬さんは、もちろん大作への出演も数多くこなしているが、一方で好んで小さな規模の作品への出演を続けてきた。冒頭に触れた「怒り」とは自らが歩みを進めて来たはずの道が、地面ごと崩れ落ちそうになっている現状への危機感から発せられた感情に他ならない。

「ここ数年、自分のキャリアの中心としてやってきたはずの単館系の映画が、映画館ごと消えていってしまってますからね。産業として必要とされず、成立しなくなっている現状がある。正直、かつての自分のような若者がいま『単館系の映画で俳優をやっていきたい』と考えても、『食べられないよ』って言わざるをえないですからね。僕自身、俳優として映画に育ててもらったという気持ちは持っています。だからこそ――怒ってますね、映画界に対して。僕は、お客さんはもっと頭がいいと思ってます。あっちがラーメンで当たったから、こっちもラーメン…という安易な考えで薄っぺらい作品を出すのは申し訳ないし、観客もそれを観て失望して映画館から遠ざかっていくんだと思う。だからこそ、自分を含めて作り手側がもっと頑張らなくちゃいけないと思っています」。
《photo / text:Naoki Kurozu》

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