【インタビュー】松山ケンイチ 内なる声に耳をすまし、大河の呪縛もステレオタイプも吹き飛ばす!

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松山ケンイチ『家路』/PHOTO:Naoki Kurozu
  • 松山ケンイチ『家路』/PHOTO:Naoki Kurozu
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  • 『家路』 - (C)2014『家路』製作委員会 WOWOWFILMS
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松山ケンイチの“第2章”が始まったなどと言ったら大げさだろうか? だがスクリーンの中で見せる佇まいや存在感は確実に20代前半の頃とは異なる。結婚やNHK大河ドラマ「平清盛」への主演など、外野が好き勝手に分かりやすい“転機”を挙げることはたやすいが、松山さん自身はその説明に多くの言葉は費やさない。ただ、現時点での俳優としての思いをこう語る。

「今を生きてるからこそ、“今”を扱った作品に出たいという気持ちが強くなってますね」。

第64回ベルリン国際映画祭に正式出品された映画『家路』はまさにいま、福島に生きる人々の姿をフィクションという形で描いた作品。ある事件をきっかけに10代で家を出て、東京で暮らしてきた次郎(松山さん)は、震災後、誰にも知らせることなく原発事故で立ち入り禁止区域となった我が家へと戻り、荒れ果てた田で再び米を作り始める。一方、次郎の上京後、家を継いだ長男の総一(内野聖陽)は、故郷を離れることに忸怩たる思いを抱きながら、家族と共に仮設住宅で暮らしていた。やがて総一は次郎の帰郷の噂を耳にし…。

自身が東北(青森県)の出身であることも当然、本作への出演を決めた理由のひとつだが、松山さんが何より惹かれたのは、脚本に書かれているセリフの数々。

「セリフがものすごく美しかった。何より、誰にでも話せるものではなく、福島に暮らす当事者にしか発しえない言葉で心に刺さりました。脚本を読みながら、このセリフ、しゃべりたいなと思ったんです」。

立ち入り禁止区域に分け入り、誰に邪魔されることもなく飄々と自給自足の生活を送る次郎の表情から暗さや鬱屈した思いは感じられない。どこか神々しささえも感じさせる一方で、それでも次郎が映画の中でほかの人物を超越するような強烈な存在感を放っているかと言えばそうでもない。むしろ、印象深いのは自然の中に、愛する故郷に静かに溶け込んでいく姿。そこが、過去の松山さんの出演した作品群における、強烈なインパクトを放つキャラクターとは一線を画している部分でもある。

「ステレオタイプに演じるなら、今回の次郎は暗い男ですよね。実は、最初に脚本を読んで感じたのはそういう人物像でした。でも、故郷に戻ってきたのは、スタート地点に立つためであって、後ろに戻るようなネガティブな気持ちは一切ないんじゃないかと思ったんです。10代の頃から苦しい、複雑な思いを抱いて、家族の問題から逃げて村を出て東京に来た。でも、その間もずっとそうした思いをなくすことはできずに苦しんできたと思う。震災が起きて、いまここでもう一回、過去に向き合って、故郷に戻って前向きに生き直そうとしている――それを表現したかったし、悔しさや哀しさ以上の家族や故郷を思う気持ちがなければ、ここへは戻って来れないと思ったんです」。

次郎が故郷へ戻る決意をするきっかけとなったのは、言うまでもなく震災と原発事故だが、彼自身の東京での姿というのは一切描かれないし、言葉で次郎の心情が表現されることもほとんどない。震災の発生を受けて、どのようにして先述のような前向きな気持ちを胸に帰郷を決断するに至ったのか? そこには震災時に松山さん自身の胸に去来した思いが込められていた。

「セリフの中にもあるけど、東京に来ることで、故郷の田んぼや畑が自分を呼ぶ声を必死に抑えてきたんだと思う。震災のときの僕がまさにそうでしたが、普段は外の声が大きくて自分の内の声ってほとんど聞こえてこないんですよ。でも地震が起きて、津波の押し寄せる映像を見て、原発の建屋が吹っ飛ぶのを見て、あまりの衝撃で周りの声が一切聞こえなくなって、自分の中から湧いてくる声がすごくよく聞こえたんです。『いま何やってるんだ?』『いま、どんな気持ちなのか?』と自分自身とすごくよく会話できたんです。それと同じ感覚で、次郎はその声を、衝動を抑えきれなくなったんじゃないかと思います」。

次郎と総一の再会シーンには、2人がそれぞれに抱える葛藤や苦悩、罪の意識、怒りなど様々な思いが交錯する。いったいどのような形で2人が再会を果たすのかは映画を観てもらうとして、松山さんはこのシーンを「2人にとって必要なものだった」とふり返る。

「どうやって兄貴と対峙するのか? 難しいシーンでしたが、表現の仕方は違えども、2人が求めているものは同じなんですよ。ただ、兄の方は生活に追われ、やすらぎも何もかもが激変し、憔悴しきっている。でも次郎の方は、東京にいたので考える時間がたっぷりあった上で戻ってきてる。次郎からしたら、自然界の一員になって生きていきたいという気持ちと『なぜ田を、大事な土を捨てるんだ? という思い、家族のひとりとしてやり直したいという気持ちとか、いろんな思いがある。僕が感じていたのは、次郎はかつて家族から“逃げた”という罪の感覚の方が強いということ。一方で、田を放って去った兄たちへの複雑な思いもある。それが表れた複雑なシーンだし、単に『ただいま』『おかえり』では済まない、こうしないと次へと進めない2人だったんだなと感じてます」。

「前に進む」というのは、俳優として松山さん自身が強く感じ、常に考えていることでもある。1年にわたって「平清盛」で主役を張り、昨年は初めての舞台「遠い夏のゴッホ」にも挑戦した。改めて、この数年の変化や役者としての軸となる思いについて語る。

「(「平清盛」で)あれだけ長い仕事をさせていただいたことは、財産になったと同時に自分にとっての“荷物”になっている部分もあると思います。早く消化しないと、いつまで経ってもその場から動けなくなるのでは? とも感じました。大事なものだからこそ引きずってしまうという感覚ですね。それもあって、いろんな方向の演技や感覚を自分の中で深めていきたいという気持ちになりました」。

最後に、もうひとつだけ本作について。本作のポスターには、なんとも晴れやかな表情で母親役の田中裕子を背負う松山さんの姿が写っている。初めて田中裕子という名女優と共演し、親子を演じた感想は?

「田中さんが素晴らしい女優さんであることは僕が言うまでもなく、分かりきったことなので、何も言うことはありません」。

ぶっきらぼうにさえ見える口調で短くそう言いつつも、口許には笑みがこぼれる。

「田中裕子さんをおんぶすることができたというのは、僕の一生の思い出です」。
《photo / text:Naoki Kurozu》

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