玄理meets村岡伸一郎 プロデューサーの仕事から得る喜び

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村岡伸一郎プロデューサー&玄理/『水の声を聞く』
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ベルリン国際映画祭を始め、香港、全州、ニューヨークなど海外映画祭で圧倒的な支持を受け、国内でも高い評価を受けた『水の声を聞く』。10月2日よりDVDリリースされた本作の主演を務めるのは日本のみならず韓国・ヨーロッパでも活躍する玄理。透明感のある美しさの中に強さと儚さを見事に表現し第29回高崎映画祭最優秀新進女優賞を受賞した。そんな玄理さんが絶大な信頼を寄せる本作のプロデューサー・村岡伸一郎にインタビューを敢行し、 “プロデューサー業”について徹底解剖! 

1995年に長崎で撮影された『ファザーファッカー』にスタッフとして参加した村岡氏。2003年『赤目四十八瀧心中未遂』でプロデューサーを務め、 毎日映画コンクール日本映画大賞、ブルーリボン賞作品賞など、その年の映画賞を総なめ。2004年『ゲルマニウムの夜』を製作し、ロカルノ国際映画祭、東京国際映画祭のコンペティション部門に正式出品するなど、国内外で高い評価を得る。2012年、秋葉原無差別殺傷事件をモチーフにした映画『ぼっちゃん』にプロデューサーとして参加。日本プロフェッショナル大賞作品賞を受賞。 同年製作の『さよなら渓谷』はモスクワ国際映画祭コンペティション部門審査員特別賞を受賞した。多くの海外映画祭に参加し、数々の賞を獲得してきた村岡氏に“仕事”の楽しみ方について語ってもらった。


■魅力的な人と仕事をして得るもの

玄理:村岡さんとは『水の声を聞く』という映画でご一緒したのがきっかけだったんですけど、私の印象としては村岡さんが来て現場の雰囲気がすごい変わったという気がしていて。いるだけで頼もしかったんですよ。プロデューサーってそんな存在なのかな? 目指したきっかけみたいなのはあるのでしょうか?

村岡:プロデューサーを目指したことは正直なくて、でも荒戸源次郎という幻のプロデューサーみたいな人と10代の頃に出会ってその人が初監督をするときに「伸ちゃんおいでよ」と誘われたのがきっかけです。僕はそのとき、制作部の末端の別のところにいたときでご飯を作ったり、荒戸さんと食事に行ったりってしていたんですけど、そこの現場がすごくて。豊田利晃さんとか渡辺謙作くんとかいまや監督になった人たちがスタッフの末端でいるような現場だったんですけど、その現場の空気が意外に嫌で…。次、荒戸さんがやるんだったら全力で荒戸さんのフォローできる自分になりたいなと思っていました。荒戸さんに『「赤目四十八瀧心中未遂」という原作を読んで、映画化したいから伸ちゃん手伝って』って言われていたんですが、そのとき海外に行きたくて半年くらい日本を出ていたんです。帰ってきたら、荒戸さんいなくてまたちょっとしたら電話がかかってきて「いよいよ立ち上げたい」ってことでそこから参加しましたね。そこから『赤目』のプロジェクトになっていって、結局それが映画に関わるきっかけというか。

玄理:荒戸さんは支えたいと思うほどに魅力があったっていうことですよね?

村岡:そうですね。そのときは僕は福岡で生きにくい人間だったんですけど、「あ、こんな俺でも生きていいんだ」っていうか荒戸さんの優しさと言葉一つ一つが俺の中に入ってきて…騙されたんでしょうね、きっと(笑)。

玄理:その当時は救われたという感じだったんですか?

村岡:21歳のときに携わった『ファザーファッカー』という映画に関わっている人たちが変な人が多くて(笑)、動物園みたいな現場だったんですが「あ、こんな人たちも生きてるんだ」と思うと、自分もここでだったら呼吸できるんじゃないかなってすごい思って。そのときからですかね、映画をやりたいって強く思ったのは。

玄理:じゃあ、荒戸さんみたく魅力をもった監督と仕事をしようとしているんですか?

村岡:もちろんそうですね。僕の場合は監督とのコミュニケーションが一番大事で、その人ならっていう人じゃないと仕事はできないなと思ってるんです。下手すると人生に関わるし、その責任は全部プロデューサーにくる。だからこそ監督とのコミュニケーションは大事かな。


■作品を一人前に育てていく喜び

玄理:プロデューサーをやっていて一番幸せな瞬間はどんなときですか?

村岡:端的に観客が入るとかお金が入るもそうなんですが、役者が賞をとったときとかは最高な瞬間ですよね。

玄理:割と撮り終わって出来上がったときに幸せがくるんですか?

村岡:プロデューサーって一番最初から最後までずっとやっててみんなが終わった後も付き合っていくから、映画も子どものように生まれるところから一生を見れるのが一番楽しいかな。最初ふわふわな企画がある瞬間からギュッと固まりだして現場に向かっていく、あとは俺にも止められないから突っ走るしかないんですよね。

玄理:プロデューサーさんって大きい映画になればなるほどいっぱいいるじゃないですか。あれはどうしてですか?

村岡:プロデューサーって一番胡散臭いでしょう? 僕自己紹介のときに「一番胡散臭い横文字のやつです」って言ってるんですけど…。「何やってるんですか?」っていつも言われるけど何でもやるんですよね。俺の場合はロケ地探しから何まで全部やっちゃうから。それが楽しいんだけど、大きくなればなるほど、目に見えない仕事がいっぱいあるんじゃないかな。

玄理:逆にプロデューサーをやっていて、大変な瞬間、つらい瞬間はありますか?

村岡:生みの苦しみというのはあるけど…大変ではないのかな。

玄理:俳優もそうですけど、インする前は撮れるか分からないし、完成するかも分からない、公開されるかも分からないじゃないですか。そういうの考えると、すごいヒヤヒヤするんだろうなって。

村岡:あまりヒヤヒヤしないから出来るんじゃないかな。ギャンブル好きな感じでワクワクするんだよね(笑)。

玄理:そういう強さがあるから村岡さんが現場にくると頼もしいんでしょうね。「『水の声を聞く』でも村岡さんが来たから撮れたよね」ってみんなで言ってましたもん。


■自由に発想して楽しめる…“動物園”みたいな場所

玄理:これからプロデューサーを目指す、映画界を目指す人たちがたくさんいると思うんですけど、その人たちへアドバイスはありますか?

村岡:まあ、動物園みたいなところなのですごい面白いところだし、いろんな役割がいてみんなが一つのことに向かっていく高揚感ってなかなか味わえないじゃないですか。普通の生活してたらなんか寂しくなっちゃうもん。

玄理:分かります。現場終わるとめちゃくちゃ寂しくなります。

村岡:だからそういう楽しみもあるし、もし志すのなら自由にね。荒戸さんが言われていたのは「映画1本1本に普通があるんだ」というのが教えで、人って“こうなきゃいけない”、“こうあるべきだ”っていうのを勝手に作ってしまっているんだよね。だから自由をこれからも大事にしていきたいし、もしやりたいと思う人がいたら自由に発想できることをやったらいいんじゃないかなと思います。

玄理:あまりカテゴリーで分けたくないんですけど、インディーズ映画とメジャー映画ってまた違うじゃないですか。インディーズって何なのでしょうか?

村岡:たぶんね、ここ10年くらいですごく変わるんじゃないかな。昔映画を撮るってなるとフィルムでやっていたからお金がかかるっていうのが大きかったけど、いまって簡単に撮れるから、いろんなものが多種多様に出てきてその中から残るものと淘汰されるものがすごい分かれていくんじゃないかな。いま日本映画って格差社会が拡がってどでかいのか、1,000万以下でやっている人たちとかどんどん分かれていくから、対局側から足掻かないとこのままじゃ日本映画自体がダメなんじゃないかな。あと10年くらいで新しい血が吹き込まれると思うけどね。だからそこで良いの悪いのを選んでいけば良いと思う。
《text:cinemacafe.net》

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