【シネマモード】キッチンから見えてくる、甘酸っぱい素顔のイラン『イラン式料理本』

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『イラン式料理本』 -(C) 2010 Mohammad Shirvani. All rights reserved.
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イランという国に、どんなイメージをお持ちでしょうか? イスラム文化の国で、女性たちには髪を覆う“ヒジャーブ”の着用が強制されていて、核開発問題でも話題を振りまいている…。そんなところが一般的でしょうか。いまはイランと言えば、イラン人の父をもつダルビッシュ有という方も多いと思いますが。

映画好きなら、アッバス・キアロスタミ、モフセン・マフマルバフら名匠たちの作品で少しは馴染みがあるかもしれませんが、私もそんな感じでした。イランが抱える様々な問題が反映された物語を、映画を通して見ていたので、ネガティブな部分にばかり敏感になっていたような気もします。豊かな歴史と文化を持つ国であるにも関わらず、あまり興味を持つことができなかったのです。個人的にイランの方と交流する機会がないこともあり、素顔や本音が見えにくかったのも理由かもしれません。常に、何か、誰かのフィルターがかかった情報ばかりを見ていたような気がします。

そんな私にとって、『イラン式料理本』はとても新鮮でした。これは、イラン女性たちの姿をキッチンで撮影し続けたドキュメンタリー映画。モハマド・シルワーニ監督は、自分の母や母の友人、自らの妹や妻、そして妻の母など7人の女性とキッチンに入り、カメラを据えてひたすら彼女たちを撮影し続け、あふれ出る本音に耳を傾け続けました。そこから聞こえてくるのは、伝統的な家庭料理の作り方だけでなく、悲喜こもごもの人生模様。家族の中での妻の役割、夫への不満、姑への皮肉、家族への愛情などについて、人生に関する酸いも甘いも、心の赴くままに語り続けているのです。

このあまりに率直な女性たちのつぶやきを通して、驚くべき素顔のイランが見えてきます。これまで観てきたイラン映画にはない、あまりにストレートな本音の数々に、私は最初とまどいました。自分が勝手に抱えていたイメージとあまりにも違ったために。そして、徐々に安心しました。イスラム社会では、女性たちは虐げられる傾向にあるとばかり思っていたので、必ずしもそうではないと分かったために。

もちろん、思いやりのかけらもなく威張りくさってばかりいる夫と、母親の言うことなど一切聞かず暴れまくる双子の男児、数時間をも費やして食事を作る妹の姿には、既存のイメージが付きまといます。でも、姑や夫にユーモアたっぷりに嫌味を投げかけつつ、楽しげに何品もの伝統料理を作っていく監督の義母などは、どこの世界にでもいる肝っ玉母さんそのもの。イランにも、妻の尻に敷かれた夫と、夫をあごで使う恐妻がいるのだなと、大笑いしたりもしました。ほかの男性たちとは違い、妻を愛していると言ってはばからない夫を持つのは、監督の母親。登場する夫たちのいずれもが家事を手伝っていない様子ですが、監督の父親だけが、食事後の後片付けを「これは私の役目。誰にもさせない」と言って黙々と手を動かし続けているのも印象的でした。

ある女性は休憩の1時間程度を除いてはだいたい台所に立っていると、主婦の置かれた過酷な状況を教えてくれました。女性の社会進出が進み、共働きが増えている日本では、出来あえのものや、デリバリーで…ということも可能ですが、まだまだイランでは、じっくり時間をかけて手作りするのが当たり前で、それを女性がするのも当たり前と思われているようです。

ただ、先進的な家庭で育った監督は、妻に選んだ女性も先進的だったようで、自宅キッチンで語り始めた妻は少々横暴なくらい物言いが自由。たぶん知的な現代女性の代表なのでしょうが、少々空気が読めない人のようで、夫の友人がやってきた際も、缶詰のシチューを出し「おいしいね」と言われると、「これは缶詰よ」と言って一同をシーンとさせたという武勇伝も披露。女性たちが置かれた不平等について、かなり強い口調で持論を展開していて、母親世代とのあまりのギャップに、監督がちょっとかわいそうに思えてくるのが不思議です。男女平等大賛成、手抜き料理が大得意、という私でさえも…。

と、こんな様子で盛りだくさん。シンプルなドキュメンタリーで、ナレーション、音楽は一切なしで淡々と進んでいく本作ですが、それがかえって女性たちの本音を浮き彫りにしていくのです。「奥さん、ちょっと聞いてくださいな…」的な親近感と現実味を持って、登場人物たちが観客に語りかけてくるとでも言いましょうか。知らなかった素顔のイラン。この作品を観なければ、私はこの国をもっと違う目で見続けていたと思います。作品を観ていくうちに、私の気持ちが変わったからでしょうか。伝統料理の数々にも興味を持ちました。いつか機会があったら食べてみたい…。こんな些細なことからでも、相手への興味はより膨らんでいくのだと思います。

きっと、あなたの思い込みもぱたりとひっくり返してくれる本作。最後の最後には、数組の夫婦のその後を知らせてもいますが、それがちょっと痛快でもあるので(実際に試写会ではここで大きな笑いが起こりました)、劇場に行かれる際は、場内が明るくなるまで席をお立ちになりませんよう。


《text:June Makiguchi》
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