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【MOVIEブログ】26日/ロッテルダム

26日、日曜日。昨夜も夜に雨が降ったけど、今朝の天気は概ね晴れで、気持ちのよい日曜の朝。苦も無く6時半に起床し、例によって朝食をたらふく食べて、外へ…

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26日、日曜日。昨夜も夜に雨が降ったけど、今朝の天気は概ね晴れで、気持ちのよい日曜の朝。苦も無く6時半に起床し、例によって朝食をたらふく食べて、外へ。

本日も最初は業務試写で、9時半から中国/香港の『Lake August』からスタート。本作のYang Heng監督は、過去にコンペにも選ばれているロッテルダム映画祭の常連で、フィックスの長廻しショットの積み重ねで映画を構築していく独自のスタイルは、僕も強く印象に残っている。

本作ではそのスタイルが洗練されてきた感があり、父親が溺死した湖を訪れる息子の心情を、ワンシーンワンショットで淡々と綴っていくテンポがとても心地いい。ゆっくりとした長いパンショットで、フレーム外の設定を取り込んでいく手法も効果的で、説明を排除したアンチドラマチックな展開にも全く飽きることがない。以前は実験映画的だった記憶があるけれど、ここまで洗練されてくると、より広い観客層にもアピールできるのではないか?

主役の青年になんだか親近感が湧くなあ、と思っていたら、東京国際映画祭事務局でWEB周りを担当してくれている同僚のYS君によく似ているのだった。顔も、無口でクールっぽい(がゆえによく女性にモテる)ところも、よく似ている! って、何だか業務連絡みたいだな。

続いて、11時半から、僕の今年のロッテルダムのハイライトのひとつ、オランダのJos de Putter(ヨス・デ・プッター)監督新作『See no Evil』へ。プッター監督は、オランダでは社会派ドキュメンタリーの第一人者として認知されているようだけれど、残念ながら日本ではほとんど紹介されていないはず。1作目の『What a Beautiful Day』(93)が、僕は生涯のベスト10に入れたいくらい好きで、いつかプッター監督のレトロスペクティブを日本で企画したいというのが僕の夢のひとつ。

プッター監督の素晴らしいところは、リアリズムとリリシズムを美しく融合させる技術にあって、処女作の『What a beautiful day』では父親の死去をテーマにしたリアルな「セルフ・ドキュメンタリー」でありつつ、表からは見えない演出を施した、極めて美しい映像詩として偉大なる映画の輝きを放っていた。

プッター監督は日本でも作品を撮っていて(『Nagasaki Stories』/96年)、でもおそらく日本では未上映のままのはず。なので、早く日本でも特集を、と思うわけなのだけれど、それはともかくとして、本作のテーマはチンパンジー。そして、全く期待を裏切らないどころか、期待以上の素晴らしい出来で、ああもう、これでこのまま帰国しても僕は構わないと思ったくらい。

チンパンジーにカメラを向けた作品には優れたものが多くて、巨匠フレデリック・ワイズマンも撮っているし、数年前の東京国際映画祭でも上映したジェームズ・マーシュ監督の『プロジェクト・ニム』など、記憶に新しいものも多い。今回のプッター監督の『See no Evil』もその系譜に連なるもので、最初は人間に近い仕草を見せるチンパンジーの愛らしさを捉えて観客の共感を呼び、徐々に過去の「実験」の被害者として余生を過ごすチンパンジーたちのつらい側面が描かれ、人間たる観客の胸を痛める。

けれども、告発的な、動物愛護原理主義的な、つまりは「政治的」な香りはない。冒頭では「ドキュメンタリー的」にチンパンジーの姿を紹介しつつ、次第にチンパンジーを詩的に美しく撮影し、事態の行間を観客の心に沁み込ませていくという、まさにプッター監督技術の真骨頂。

もちろん(ということもないけど)ナレーションはなく、映画的な佇まいが輝いている。素晴らしい。上映とQ&Aの終了後、監督に挨拶して、いつか日本で特集上映したいです、と言ってしまった。もう、本人に言っちゃったからね。今年が無理でも、必ずいつか!

続けて、14時から、これまたとても楽しみにしていた、『Mr X』というフランスのドキュメンタリー映画へ。ほかでもない、レオス・カラックス監督を礼讃する内容で(『Mr. Leos caraX』が原題)、当然これは見逃すわけにはいかない!

ドニ・ラヴァンへのインタビューを軸に、製作スタッフや米仏の批評家たち、そしてハーモニー・コリン監督、さらには日本の堀越謙三プロデューサーや黒沢清監督などがカラックスへのコメントを寄せるトーキング・ヘッズ形式に加え、『ボーイ・ミーツ・ガール』から『ホーリー・モーターズ』へと至る作品のフッテージがコラージュのように挿入されていく構成。

これを観たからと言ってカラックス作品への理解度が深まるわけではないけれど、すぐにでも見直したい気持ちになるのは間違いない。現在のカラックスとジュリエット・ビノシュからコメントをもらえてないのが残念だけど(過去のものはある)、まあこれはしょうがないですな。

ドニ・ラヴァンから『TOKYO!』の渋谷での撮影秘話が披露されて、日本人としてもとても楽しい内容。それにしても、東京は最もロケが出来ない(許可が下りない)街として、世界的に悪名高いということを、どれだけの東京人が知っているだろうか? 誰がなるのか分からないけれど、新都知事(極めて無念なことに僕は出張中で投票できない!)に見てもらいたい!

あ、ちなみに、上記の「トーキング・ヘッズ」形式というのは、当事者や関係者がインタビューに答える形で構成されるドキュメンタリーのスタイルのこと。数年前、東京国際映画祭で某外国人監督が「過去にトーキング・ヘッズ形式のドキュメンタリーを作った」と発言したら、通訳の方が「(デビッド・バーン率いるバンドの)トーキング・ヘッズのドキュメンタリーを作った」と訳したので、慌てて訂正したことがあったけれど、まだ日本では市民権を得ている用語ではないみたい。

閑話休題。15時45分から、コンペの一般上映に向かい、ブルガリアの『Viktoria』という作品へ(写真)。新人女性監督。実は、本作は去年の東京国際映画祭のコンペティション部門でワールドプレミア上映がほぼ決まりかけていたのだけれど、ギリギリのところでポスプロ(=仕上げ作業)が間に合わなくなり上映を断念したという経緯のある作品で、僕にとってもとても思い入れの深い作品なのだった…。

東京で上映が出来なくなって、監督はとても恐縮していたのだけれど、僕らとしては納得のいくまで映画を仕上げて欲しかったし、「とにかく監督は映画のクオリティーのことだけを心配し、映画祭の事情なんて気にしなくていいです」と言ったら、ますます監督は恐縮してしまい…。上映は叶わなかったけれど、逆にとても嬉しい友好関係を築けたという稀有な例が、この『Viktoria』であったというわけだ。

とにかく、去年の時点で、映画のスケールの大きさ、画面の美しさ、そしてテーマの深さには感銘を受けていて、サンダンス映画祭とロッテルダムでの上映が決まったと知った時は、心から嬉しかった! そして、今回、いよいよ完成版をロッテルダムの巨大スクリーンで見ることが出来て、そして去年の感動は倍増した…。

共産主義が崩壊する90年代前後、時代に翻弄されて生きる3世代の女性の物語。想像力溢れるイメージ、静謐な描写の連続の中での感情描写、個人的な物語に世界の激動がシンクロするストーリーのスケールの大きさ、これは本当に才能あふれる監督のデビュー作だ。

そして、何と、エンドクレジットのスペシャルサンクスの中に、東京国際映画祭の同僚Y嬢と、僕の名前があった。ただただ驚愕。なんということ!

惜しむらくは、監督が来場していなかったこと。会えるのを楽しみにしていたのに…。サンダンスに行っていたはずだから、ロッテルダム入りはまだなのか。顔を知らないので、このままだと会えないぞ。むむー。

気を取り直して、18時45分からまたコンペ部門で、『Happily Ever After』というクロアチア出身の女性監督作品。男性との関係が長続きしないことを悩んだ監督(40代前半くらい?)が、現在のパートナーとの関係を持続させるためにも、自分の何が問題なのかを知るべく、過去の恋人たちを訪ねて自分はどのような存在だったかを聞いていくという、究極のセルフ・ドキュメンタリー。というか、セルフ・ポートレイト。

過去の自分の映像のフッテージもふんだんに交え、多彩なアート作品としても成立しているし、多国籍な恋人たちを通じた一種の文化考察にもなっている。元カレに会ってノスタルジックな気分になったり(当たり前だ)、相手の問題ではなく自分の問題であると改めて気付いたり(遅いよ)、面白い。ともかく、誰でも思いつくかもしれないけれど決して実行はしないであろう発想を実行して、それを映画にするだけでもエライ。

ただ、会場が爆笑に次ぐ爆笑だったものの、僕は全く笑えず。ユーモアがツボにはまらなかったからなのか、それとも、あまりにも他人事でなさ過ぎて笑えなかったのか…。さて。

上映終わり、一瞬ホテルに戻ろうかと思って外に出ると、激しい雨。幸いパソコンを持ち歩いていたので、劇場から出ず、小1時間ほどロビーでブログの文章をパタパタと書いてみる。

本日最後は、22時から『Something Must Break』というスウェーデン映画。これもコンペ部門。男性のゲイのカップルが経験する、恋人関係の構築の難しさを巡る繊細な愛の物語。ストレートだろうがゲイだろうが、そして本作の10代の青年だろうが、『Happily Ever After』の40代の女性だろうが、恋愛とはかくも難しいのだ…。

斬新な内容では決してないけれど、そして激しい露出をためらわないセックス描写は必ずしも見やすいものではないけれど、作品が持つ誠実さは買いたい。そして、美人女性にしか見えない主役の青年の存在感も、無視できない。

本作はロッテルダムのコンペに選ばれただけでなく、スウェーデンのヨーテボリ映画祭ではオープニング作品となるとのこと。タブーを恐れないプログラミングの自由さ、映画に対する懐の深さ、文化的成熟がもたらす寛容は、本当に羨ましい…。とか言っている場合ではないのだよな、本当に。

ということで、なかなか実りの多い1日だった! 日中にブログ用の文章をちびちびと書いていると、こんなに長文になってしまう…。ホテルに戻り、ビールを飲みながら(失礼)今これを書き終わっても、まだ1時前だ。今日は早く寝よう!
《矢田部吉彦》

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