【独女のたわごとvol.6】忘れられない香りと味…土曜日のコーヒー

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【独女のたわごとvol.6】忘れられない香りと味…土曜日のコーヒー-(C) Getty Images
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みなさま、こんばんは。2か月ご無沙汰しておりました。秋は深まれど女のツヤ度はさほど深まらず、乾いた北風でかさつくお肌を潤すために、ちょっぴり高めのオイルやらクリームやらを重ねて重ねて、お肌と心、ギリギリ潤いを保っている古山エリーです。そんな今宵は、ショートストーリーという形で“たわごと”おつきあいくださいませ。

忘れられない香りと味がある。

コーヒーを淹れるときにふと思い出すのは、ある男性が淹れてくれた土曜日のコーヒー。金曜日の深い夜を過ごし、朝、目が覚めると隣には彼が寝ていた、といううっすらとした痕跡があるだけ。本人の姿はない。そして、ひとつドアの向こうに男の温度を感じる。柔らかくて香ばしい香りとドリップコーヒーを淹れるときのマシン独特の、コポッ、コポコポコポッという小さなリズムと音に紛れて「コーヒー、飲むよね?」ちょっと低い声が耳に届く。それが、いつかの土曜の朝の風景。

漆黒の液体が陶器の器に注がれる瞬間まで、ベッドの中でぐずぐずする。それもいつのものこと。ふとんから腕や脚を少しのぞかせみたり、正座をして額を床にあてるようなポーズ、ヨガでいうチャイルドポーズをとってみたり、そんなふうにうだうだしているうちに、「コーヒー」というさっきよりもさらに短い言葉、でもどこか温かい言葉が聞こえてくる。

彼との関係は、恋人でも愛人でも、もちろん友人でもない。陳腐で簡潔な言葉で言い表すならセックスフレンドというのが、おそらく一番しっくりくるだろう。会うのは週に一度、月に二度の時もあれば数か月空くこともある。2人の間にルールはない。あるとしたら、2人がよく行く共通のバーに、彼が必ずいるであろう金曜の夜の零時頃、私が訪れること。彼は必ずその曜日のその時間にその店にいるけれど、私は気が向いたら行く。会いたいと思ったら行く。そしてその後は、きまって彼の家で過ごし、土曜のお昼を一緒に過ごす。それがいつの間にかルールになっていた。

会いたければ金曜の夜にそのバーに行けばいい。ただそれだけのこと。決定権は私にあるように見えるかもしれないけれど、彼にはもうひとり女がいる。最初の頃は、彼女がいるのに何故自分との時間が必要なのかしつこく問い詰めたこともある。自分は本命なのか、浮気相手なのか、どういう立場にいるのか知ろうとした時期がある。けれど、いつの間にかどうでもよくなった。そもそも答えなんて分かりきっていたから…。

「おいしい」。私は彼が淹れてくれたコーヒーを飲みながら彼の隣に座り、彼のお気に入りのドラマを一緒に見る。笑うところが一緒だと嬉しい。ときどきぴたりと呼吸があう瞬間が心地いい。そんな時、もう少し早く、彼女と出会うよりももう少し早く出会っていたら…なんて妄想が頭をよぎる。

「おかわりは?」。半分よりも少なくなったマグカップを見て、彼がコーヒーを注いでくれる。彼がしてくれるのは、ただそれだけ。きっとそれ以外はふつうの男よりも冷たい。でも、なぜかコーヒーを淹れてくれるときの彼はとても温かみがある。理由なんて分からない。分かりたくもない。だって、これ以上彼がどういう人間なのか、何を考えて私との時間を過ごしているのかを知ってしまったら、きっと苦しくなるだろうから。だから踏み込まない。この関係はこれでいい。

美味しいコーヒーを淹れるには、コーヒーが落ちきる少し前にフィルターを外すことだと、雑誌か何かで読んだ。彼の関係もそれと似ているんじゃないかって思う。すべての想いを相手に伝えてしまうと、愛は深まるだろうけれど、同時に悲しみも深まる。だから、一番美味しい関係を保つために、その一歩手前で踏みとどまっている。でも、知っている。美味しいだけの関係は決して長続きしないことも。美味しさを味わえるのはほんの一瞬。この恋もほんの一瞬。ほら、コーヒーを飲み干したらもう土曜の午後。彼との時間はもうすぐ終わり─―。

過去につき合った男のことは月日とともに過去に葬られるものなんですが、たまにコーヒーの香りとともにこの彼のことを思い出したりするんです。そんなイタイおひとりさま独女、都会のキラキライルミネーションにノックアウトされないよう、コツコツ生きてまいります。今宵はここまで。また次回。
《Elie Furuyama》

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