【インタビュー】福士蒼汰×山崎紘菜 俳優として試された“運と想像力”

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福士蒼汰×山崎紘菜『神さまの言うとおり』/Photo:Yoshio Kumagai
  • 福士蒼汰×山崎紘菜『神さまの言うとおり』/Photo:Yoshio Kumagai
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  • 山崎紘菜『神さまの言うとおり』/Photo:Yoshio Kumagai
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“運も実力のうち”――という言葉があるように、人生には運を試される瞬間が幾度となく訪れる。すっかり人気若手俳優としての地位を確立した福士蒼汰、4万4千人の中から東宝シンデレラのオーディションで「審査員特別賞」を勝ち取った山崎紘菜は、間違いなく運を持ち、ヒットメーカー・三池崇史監督の最新作『神さまの言うとおり』の主演とヒロインに大抜擢となった。

冒頭から突然、生死をかけたサバイバル・ゲーム「ダルマさんが転んだ」が始まる。ごく普通の高校生の日常が否応なしに“非”日常に放り込まれるわけだが、主人公の高畑瞬を演じた福士さんは「わりと運は持っている方だし、動くのも好きだし、考えるのも好きだし、最初のステージの『ダルマさんが転んだ』はいけると思います。問題は『コケシ』のステージをどう乗り切るか、ですね」。何とも頼もしく、彼が高畑瞬に選ばれたのも納得してしまう。

冷静に淡々と「もしも」の世界を語る福士さんだが、次々とクラスメイトがダルマに殺され、教室が死体と血であふれる戦慄シーンは「原作漫画を読んでも、完成した映画を観ても恐かったですね」。あまりにも衝撃的な物語のスタートに驚いた。そして、その背景にある心情については「分からない相手と戦っているから恐怖が増すんですよね…」。

そう、ダルマ、招き猫、コケシ、シロクマ、マトリョーシカ、どれも一見可愛らしいキャラクターなのだが、彼らとゲームをして勝たなければ、待っているのは“死”のみという究極のゲーム。しかも、キャラクターはCG処理されるため、撮影現場では最終的にどんな映像になるのか、各ゲームのシチュエーションはもちろん恐怖を想像することが俳優たちに課せられた。

山崎さんにとって印象深いシーンは2つ目のステージ「招き猫」。「私の演じた“いちか”が登場するのがそのシーンからというのもありますけど、招き猫の大きさも想像力もいろんなことを乗り越えなければならなかったので、招き猫のシーンが一番動いたし、想像力が必要でした。ネズミの衣裳を着られなかったのは残念でしたけど(笑)」。そう、このシーンでは、福士さんの滅多に見られない姿を見ることができる。それは、全身タイツ的なネズミの着ぐるみをまとった福士さん。人気のイケメン俳優がネズミの着ぐるみを着て「チュウ」と鳴く。抵抗はなかったのだろうか。

「抵抗、ありました(笑)。最初は生徒役のみんなが着ている設定だったけれど、ストーリー上、着ているのは瞬1人になるので、そのときはちょっと恥ずかしかったです。ああいう全身タイツ的な衣裳は初めてだったし。でも、あの格好であることによって、生きるか死ぬか、真剣に芝居をしていることが面白く映るんだと思います。その芝居の感覚はすごく面白かった。格好はネズミだけど、問題を解決していく瞬はカッコいい。彼のセリフが、すごくカッコいいんです」。たしかに、そのアンバランスさとギャップが見どころでもあり、世の女性たちは見たことのない福士蒼汰にキュンとさせられるに違いない。

また、瞬といちかの微妙にゆれ動く恋愛関係も見どころ。幼なじみからなかなか抜け出せずにいた2人が生死をかけたゲームに参加することで、自分たちの気持ちに気づいていく。純粋で素直ないちかを爽やかに力強く演じた山崎さんは、いちかが瞬に惹かれる理由を女性目線でこうふり返る。

「瞬君は普通の生活をしていてもどこか退屈していて、笑顔だけど心の奥底では何を考えているのか分からなくて、ほんの少しだけどミステリアスな部分があって、そこが魅力的。機転がきいてピンチを救ってくれるし、そういうたくましさにも女性は惹かれますよね。後半では瞬君の中学時代の同級生・翔子ちゃんが加わって三角関係も描かれますけど、私は三角関係の駆け引きというよりは、恋愛と友情の心の揺れに共感して…。きっと共感してもらえると思います」。それぞれが好きな人を想う真っ直ぐな気持ち、純粋な気持ちがなんとも切なく描かれている。

「神さま、僕の退屈な日常を返してください」という瞬のセリフから始まる恐怖のゲーム。福士さんと山崎さんは、映画のなかで“非”日常を生きたことで、大きな気づきがあったと語る。「時間について考えました」と言うのは福士さん。

「死を間近に感じるシチュエーションに身を置いたことで、瞬は自分が何をしたかったのか、大切なことが分かってくるんです。僕自身も、いままで何となく生きていた時間、過ごしていた時間がすごく大切なものに見えてきて、今、自分がするべきこと、したいことは何だろうって考えるきっかけになりました」。

一方、山崎さんは「日常に感謝したくなった」そう。「映画を観終わって、映画館を出て、自分の周りにたくさん人がいることにホッとする、安心すると思うんです。それくらいの衝撃作なので(笑)。同時に、家族や友だち、これまで当たり前に生きてきた日常に感謝したくなりました。恐いのが苦手という人もいると思うけれど、この映画は恐いだけじゃなく、自分だったらどう乗り越えるか、どのキャラクターと近いか、いろんなことを考えながら観ることのできる面白さがあるんです」。

あり得ない体験ができてしまうのが映画の醍醐味。日常に退屈している人、この指(映画)とーまれ。
《photo:Yoshio Kumagai / text:Rie Shintani》

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