【インタビュー】渡辺謙、常に変わらぬ姿勢で変わりゆく死生観を語る『追憶の森』

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『追憶の森』渡辺謙/photo:Kyoko Akayama
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  • 『追憶の森』(C)2015 Grand Experiment, LLC.
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死に場所を求めてアメリカから日本に向かい、富士の青木ヶ原を目指した男性が、樹海に足を踏み入れた途端に傷だらけの日本人男性と出会う。外界から隔絶された空間での2人の会話劇は思いがけないもう1つの物語が導き出し、愛と生命の尊さを描いていく。ガス・ヴァン・サント監督がメガホンをとり、マシュー・マコノヒーが『ダラス・バイヤーズクラブ』でアカデミー賞主演男優賞受賞直後の出演作として選んだ『追憶の森』。渡辺謙はマシューが演じる主人公・アーサーの前に現れる傷だらけの男、ナカムラ・タクミを演じている。

数年前、初めて脚本を読んだとき、「最初に思ったのは、こういう死生観感にアメリカ人、外国の人が興味を持つようになったんだな、ということです」と渡辺さんはふり返る。「ただ、お話を頂いたのは2011年の震災後すぐだったので、当時の僕にはそれを受け止めるだけの余裕がない、とペンディングしていたんです。でも、一昨年かな。ガスが手を挙げてくれたので。これはもしかしたら、すごく良い作品になるんじゃないかという思いがあって、お受けすることになりました」。

ヴァン・サント監督の参加が大きなきっかけの一つだが、「後からの答え合わせみたいになっちゃうんですけど」と前置きして、渡辺さんはこう続ける。「たまたま、この間、胃がんが見つかって。手術をしていただいて、あっという間に仕事ができるようになったんです。そこで医学や科学のものすごい進歩を体感したわけです。昔だったら治らなかったり、見つけられなかったり、それで人は亡くなっていたんですけど、それが見つかるようになり、すごい手術もできるようになった。今回はそこまで深刻ではなかったにしても、20代の後半に味わった“人生には終わりというものが必ずある”という感覚を、久々に思ったわけです。医学や科学がこれだけ進歩しても、それはもう何千年も人間が抱えてる命題なんだと再認識したというか。だから、こういう映画を作ることにも多少なりとも意味があるんだと思いました」。

マシューとは撮影の数か月前に一度会って以降、撮影初日までは敢えて顔を合わせないようにした。

「ガスは『リハーサルや打ち合わせしたりする?』って聞いてくれたけど、『初日に樹海で会うまでいいんじゃない?』と言ったら、『そうだね。そうしようか』と。衣裳合わせとかも、全部すれ違いのスケジュールにしてくれて。撮影当日も、樹海で『アクション!』となるまでは顔を合わせないようにしてくれたんですよ。で、それなりに面白いエモーショナルなシーンになったんですけど、あまりにもエモーショナル過ぎて、『これは使えないね』って(笑)。でも、そうやって毎日積み上げて行くことで、2人の関係性ができ上がっていったので、それは間違いではなかったなと思います」。

マシューについて、「もちろん経歴も違うし、歳も違うんだけど、タイプ的に似てるような俳優だという気はするんです」と言う。「それなりに準備はちゃんとするんだけど、それは全部置いて、裸一貫というか、何にも持たない状態でカメラの前に捨て身で立っていくところが結構似てるなと思って。あまり構えずに、そこで起きていること、そこで感じることをどこまで忠実に出せるか、みたいなことを2人でやっていけたような気がします」。

マシューは撮影時の渡辺さんについて、常に準備万端で現場に現れたと語っている。彼のコメントについて、「いや、四の五の言わないからでしょ」という反応がすぐに返ってきた。「現場に入って、『俺はこうなんだ。このシーンは…』と、そういう理詰めの人もいるけど、僕はもう(笑)。そういう意味でも僕とマシューは似てると思ったんです。彼もそのままストンとそこに立つ人で。だから、彼の言ってくれた言葉は、そのまま返したい感じです。彼もそういう人でした」。

アーサーとタクミの物語はすべて樹海の中だけで起きる。だが、出口を求める2人の彷徨は、観客にとってはもちろん、演じる俳優たちにとってもドラマティックなものだった。
「最初に脚本を読んだときに、こんな大変な話だとは思わなかった。2人で樹海を彷徨って終わる話だと思ってたら、こんなに大変になるとは…。ちょっと予想外でしたね」と言う渡辺さんの表情には達成感が見てとれる。「自然と、撮影がないときは日常の回転数を落としましたね。撮影から戻ると、本当に誰とも会わずに、じーっとしてました。回転数を上げると、マインドが変わっちゃう気がしたんですよ。だからあの頃、嫁さんとも電話でも喋らず、メールのやり取りだけで済ましてたりとか、そんなことでしたね」。

『ラスト・サムライ』でハリウッドに進出してから10余年、渡辺さんがこれまで出演した海外作品はクリント・イーストウッド監督やクリストファー・ノーラン監督などの大作ばかり。今回もガス・ヴァン・サント、マシュー・マコノヒーというアカデミー賞受賞経験者が揃う作品だが、いわゆるメジャー・スタジオ大作ではなく、インディペンデント作品。撮影現場の違いもあっただろうか。

「ガスの映画だという違いはあったんですけど、そんなに少人数でもなかったですし。ただ、もちろんスタジオのプロダクションがやってるバジェットではないので。でもね、撮ってる感覚はそんなに変わりないですね」。それよりも監督が誰なのか。その違いこそが「大きいですね」と言う。「そんなにすごい細かく繊細に詰めてどうこうってことはないんです。ぼん、とカメラの動きを決めて、『こんな感じ?』『じゃあやってみようか』とマシューと2人でリハーサルして。わりと放りっぱなしという感じでした。それは、信頼されてたのかもしれないですけど」。

渡辺さんがツイッター(@harryken311)を始めたのは、ちょうど『追憶の森』の撮影が始まった2014年夏だった。詳細にふれないよう細心の注意を払いながら、現場の様子や感じたことをつぶやいていたが、改めて当時のツイートを読み返してみると、タクミについては「本当に厄介で面白い役」と表現し、先の発言と同様に「事前のプランを全部捨てて、とにかく何を感じるか? それに徹してます」と役に臨む気持ちを綴っている。

「結局、僕の役って実線じゃない感じがするんですよ。要するに点線だったりとか、もしかしたら影絵みたいな。それでいてそれでないような、というかな。そんな部分があって。だから、彼のバックグラウンドや人生観を全部掘り起こすのではなく、どれぐらいのさじ加減で出していくかをガスとも話をしながらの演技でした。ある時点からはそれを面白がってやってましたね」。お気に入り、あるいは印象深いシーンは? という質問には「ちょっと哲学的なセリフが多かったですが、『魂が昇華するときに花が咲くんだよね』というシーンですね」というお答え。「すごく幻想的にも撮ってましたし、輪廻転生みたいな感覚はすごくよくわかる感じもあったし。デザイナーがすごくかわいい花を作ってくれたので、いいシーンになったと思います」。

それにしてもタクミとは一体、何者なのか。樹海の中からアーサーの目の前に現れ、彼と言葉を交わしていくにつれ、その謎は深まっていく。渡辺さんは「この世とあの世の臨界というか結界があるとしたら、そこのフレームから顔を出してる人みたいなものですよ。恐らくね」と言う。「さっき話した、自分とは違う魂が昇華するときに花が咲くっていう話。それはもしかしたら、自分の終わりかも知れないわけですよ。自分もいつかはこうやって花が咲いたら昇華できるかもしれない。それはいいことかもしれないし、悪いことかもしれないし、ある種の未練として、それがもう無くなって消えていくかもしれない。その辺って、明確なロジックにあてはまることではなくって、非常に微妙な曖昧なところで話が進んでいく。あまりそのことを僕の中で明確に輪郭つけようっていうふうにはしなかったですね。こういうことかな、ああいうことかな、みたいな。そういう“居方”みたいなものは気をつけました。あんまり色濃く、本当にこう、できればそれこそCGで輪郭を薄くして欲しいみたいなね、ところはありましたから」。

取材が行われたのは3月初旬。以前と何ひとつ変わらず、明るくて前向きで、写真撮影中はカメラマンに冗談を飛ばす気さくな渡辺さんがいた。取材から数日後には渡米し、今月17日(現地時間)まで、ブロードウェイでミュージカル「王様と私」の舞台に立ち、2度目のキングを演じた。そして取材時には明らかにされていなかったが、当時は夫人の南果歩さんも闘病中だったことが後に発表された。どんなときでも態度を変えず、常に準備万端。世界で活躍するために求められる本物のプロフェッショナリズム。渡辺さんはそれを体現している。
《text:Yuki Tominaga/photo:Kyoko Akayama》

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