美しき男たちvol.1 『シングルマン』を彩るファッションと美学

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『シングルマン』 -(C) 2009 Fade to Black Productions, Inc. All Rights Reserved.
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2009年のヴェネチア国際映画祭。一人の新人監督の作品が注目を集めました。監督の名前はトム・フォード。映画界では新人ですが、ファッション界では知らない者などいない大物。グッチやイヴ・サンローランといった、老舗ながら勢いを失いつつあったブランドを再生させたファッションデザイナーとして知られ、いまでは自らの名を冠したブランドも持つ人物です。元々、映画通としても有名で、彼が展開するブランドの戦略(広告キャンペーン、CMなど)はすぐに「映画好きだな」と分かるものばかり。ですから、彼が監督デビューしたいらしいという噂を聞いても、「そうだ! 監督でもやってみよう」などと、思いつきでメガフォンを取るわけではないことは分かっていました。さらに、2004年には映画製作会社を立ち上げたあたりから、“本気だな”とは思っていましたが、まさかファッション業界でも数々の功績を残し、現在もばりばりに活動中の彼の映画がこんなに早く観られるとは。そこで、ファッション界のみならず、映画界をも賑わわせている彼のデビュー作の話題を、3回シリーズでお届けしたいと思います。

題材は、1980年代に出会っていたというクリストファー・イシャーウッドの小説「A Single Man」。若き日とは違い、愛する者を失い人生の意味を見出せなくなった中年の男に訪れた精神の危機を描いています。そんな物語を彼なりのフィルターを通して描いた映画『シングルマン』は、トム・フォード自身の内面を投影した作品になったのだそう。これまでは、彼がどんな服をデザインしているかにばかり興味があったけれど、この作品を観ると、彼がどんな人物なのか、どんな哲学を持ったクリエイターなのかということに俄然、興味がわきました。
「私がどんな経歴でどんな人間か、先入観を持ってこの映画を観た人の多くが驚くと思う。私はとてもロマンティックだし、しょっちゅう孤独を感じている。でもみんなそうだよね? 映画は、普段の私のイメージとは違うかもしれない。だからこそ一番自分らしい作品と言えるだろう。ファッションは束の間だが、映画は永遠だ。映画は人に挑んでくる。考えさせてくれる。主人公のジョージの中には、私自身が大きく投影されている。多くの人に訪れる中年の精神的危機のようなものだ。私は若いときに物質世界でかなり成功した。経済的安定、名声、仕事の成功、必要以上の物質的所有物…。私は私生活を満喫していたよ。23年間連れ添った人生最高のパートナー、2匹の素晴らしい犬、多くの友人。だがなんとなく自分の道を見失っていたんだ。ファッションデザイナーとして、実際に店頭で売り出される数年前から未来のコレクションをデザインする毎日。我々の文化は物質で何でも問題が解決できると、我々に信じさせようとしている。私は完全に人生の精神面をおざなりにしてきた自分に気づいたんだ」とトム・フォード。

舞台は1960年代。主人公は、最愛の恋人を失った大学教授。「几帳面でなにもかもコントロールしたがる。そういう性格は、僕の性格とも似ているんだけど」と監督はとあるインタビューで話しています。こんな話を聞いてしまうと、隅々までに彼の美学が浸透している本作だけに、さぞ独裁者ぶりを発揮したのだろうと思っていました。当然ながら衣裳は全て自らが手掛けているでしょうと。でも驚いたのは、監督自らがミラノで作らせたのは、主演のコリン・ファースとニコラス・ホルトの衣裳だけ。初監督作品なら、自分が最も得意とする分野については特にこだわりを寄せてしまうのが常。ところが彼は、手放すべきところは手放し、優秀な信頼できるスタッフに任せているのです。これも、限られた時間で最高のものを生み出すための“潔さの美学”、“リーダーの美学”なのでしょう。例えばコスチュームデザイナー。「衣裳担当のアリアンヌは、本当にいろいろな意味で私をサポートしてくれたよ。彼女は衣裳に限らず、物を見分ける素晴らしい目を持っている。優れた衣裳デザイナーだ。少ない時間と予算で完璧な時代衣装を準備してくれた」。

美意識が高いトム・フォードに彼の専門分野である“服”を任されるとは、一体どんな気分だったのでしょう。でも、アリアンヌ・フィリップスだって、『ウォーク・ザ・ライン/君に続く道』、『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』、そしてトム・クルーズ&キャメロン・ディアスの新作『ナイト&デイ』でも活躍する売れっ子。2人のコラボの成功は、トムが彼女を信頼し任せることができなければ実現しなかったはずなのです。

デザイナーとして偉大な功績を持つトム・フォードはこれまでに、グッチやイヴ・サンローランと歴史ある(=ひと筋縄ではいかない)メゾンを率いてきた成功者。つまり、真のクリエイターであり、きちんと仲間を信頼できるリーダーなのです。考えてみれば、哲学のあるコレクションを仕上げていくデザイナーの仕事と、良質な映画を創り上げていく監督の仕事とは、規模の違いこそあれ、とても似ているものなのかもしれません。何もないところからイメージを築き上げ、それを現実のものとするスタッフとともに、ひとつの世界観を作り出す。この作品は、例えるならば、トム・フォードが心血を注いだ渾身のコレクションであり、一着の最高に美しいタキシード。彼が創り上げたもうひとつのマスターピースと言えるでしょう。

さて、そんなトム・フォード作品ですから、衣裳はもちろん、温か味のあるミッドセンチュリー的インテリア、主人公の心情にあわせて変わる色彩など、ビジュアルはすこぶる素晴らしく、彼の美意識の集大成としても一見の価値アリです。でも、それだけではないのが彼の“本物”たる所以。きっとビジュアルばかりにこだわったように見えたら、先入観も手伝って、トム・フォードが自ら作ったブランドのイメージビデオに見えたかもしれません。そんなリスクを免れたのは、彼が持つ映画的な言語センス。音楽の選び方、セリフの粋、適切なキャスト…。全てに総合的な芸術センスが感じられるのです。そのシーンが単に見かけだけ美しいわけでなく、どんな意味を持ち、何を含んでいるのか、未来への暗示をきちんと表現しているあたりに、思わずニヤリ。

例えばそれは、監督自らがミラノでこれだけは作らせたという、コリン・ファースとニコラス・ホルトの衣裳からも分かります。2人は、物語を運んでいくキーパーソンです。そして、教授と生徒、老いと若さ、硬と柔、陰と陽、過去と未来を象徴するキャラクターでもある。こういった対比を体現するファースとホルトは、着ているものも対照的です。几帳面で折り目正しいダークなスーツを着るファースに対し、彼の人生に射す光のような役のホルトは、白くふんわりとしたモヘアのセーターを着ています。明るく眩しいほどの色味と質感からは主人公にとって実際にそうであるように、天使のような優しい存在感を感じさせます。うーん、美しい。この2人が並んでいる姿を見ると、監督が、どうしてもこの二人に関しては衣裳を任せなかったこだわりも伝わってくるというものです。いやいや、大変な新人監督が登場しました。早くも次が楽しみです。

さて、ここに登場した俳優たち。コリン・ファースはおなじみでしょうが、「ニコラス・ホルトって誰よ」と思った方、『アバウト・ア・ボーイ』の少年を思い出してみて…。驚きですよね。ニコラスをはじめ、キャストについては3回目のコラムでじっくり取り上げますので、お楽しみに。

vol.2 9/21 coming soon
vol.3 9/27 coming soon

《text:cinemacafe.net》

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