綾野剛×黒木華インタビュー カメラが回り始めるまでの「複雑、非常、混沌…」

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綾野剛&黒木華『シャニダールの花』/PHOTO:Naoki Kurozu
  • 綾野剛&黒木華『シャニダールの花』/PHOTO:Naoki Kurozu
  • 綾野剛『シャニダールの花』/PHOTO:Naoki Kurozu
  • 『シャニダールの花』 -(C) 2012「シャニダールの花」製作委員会
  • 黒木華『シャニダールの花』/PHOTO:Naoki Kurozu
  • 『シャニダールの花』 -(C) 2012「シャニダールの花」製作委員会
  • 綾野剛『シャニダールの花』/PHOTO:Naoki Kurozu
  • 黒木華『シャニダールの花』/PHOTO:Naoki Kurozu
  • 『シャニダールの花』 -(C) 2012「シャニダールの花」製作委員会
綾野剛は刹那を生きる――。

「台本上ではセリフは虚構に過ぎないんです。でも『スタート!』の声が掛かったら、それは僕らにとってノンフィクションになる。(自身が演じた)大瀧が生きることができるのは『スタート』から『カット』までの間だけなんです」。

スクリーンに映る彼の姿があんなにも儚く、そして妖しいほどに美しい理由が分かる気がする。

黒木華は役を離れてなお、物語の中で生きているかのように、時に慈愛に満ちた表情で、時に哀しげに自らが演じた響子、深く愛しながらもすれ違っていく大瀧への思いを口にする。

“今年ブレイクした”などという簡単な言葉では片づけられない、これからの日本映画に欠かすことのできない確かな存在感を放つ2人が初共演を果たした『シャニダールの花』。女性の胸に花が芽生えるという寓話的な「狂った世界」(綾野さん)を、2人はどのように生きたのか?

昨年、『生きてるものはいないのか』で10年ぶりに長編作品のメガホンを取った石井岳龍監督が、“石井聰亙”と名乗っていた頃から企画を温め続けきたという本作。少女たちの胸に宿る花を美しく咲かせる使命を負った植物学者の大瀧と、少女たちの心のケアを行う女性カウンセラーの響子。花に引き寄せられ、花に翻弄される2人の愛を綴る。

「単純なことを単純にできるというのはすごいことだと思います。演技だけでなく、生きていく中でも単純にすることって難しい。楽しもうと思っても余計な考えが浮かんできたりしてしまうものだから」。

これは黒木さんが綾野さんの演技について語った言葉である。「純粋に」…冒頭の言葉にもある通り、スタートからカットが掛かるまでの間、“俳優・綾野剛”としての客観性を排し、ひたすら演じる役柄として存在する。だからこそ、観る者に強烈な印象を与える重要なシーンに関しても、綾野さんの口からは「全く覚えてない」というそっけない言葉が漏れてくる。

「セリフというのは相手とのコミュニケーションの一手段でしかなくて、言葉は放った瞬間に燃え尽きてしまう、言うなれば“燃えるごみ”です。もちろん、セリフは頭の底辺にあるんだけど、僕らは相手が次に何を言うのかを自覚して演技しているわけじゃない。それよりも、台本に書いていない相手の表情や感情といった部分の方が圧倒的に大事。そういう部分は演じる人それぞれで、実際に目にするまで予測不可能で、演じる上で一切の予定調和はなくなるんです」。

現場で綾野さんが石井監督に「ここ、どうしますか?」と尋ねると、「僕、大瀧じゃないから分かんない」という答えが返ってきたという。

それを「自然な回答だと思う」と納得し、大瀧として思考する中で、監督の期待を驚かせるような提案をしたことも。ポスターにもなっている大瀧と響子が顔を近づけ合うシーンは台本上では当初「キスする」と書いてあったのだが、大瀧としての感覚を信じて、あえてキスせずに鼻と鼻をくっつけ合った。さらに、別のあるシーンでは大瀧(の出演)が不要であると監督に訴えたという。出演をアピールするのではなく、自らのシーンを削ることを提案する俳優も珍しい。

「やってみたらこの場に僕がいない方がいいと思えたんです。さすがにそう言われたのは石井さんも初めてだったみたいで、『考えよう』と仰って、実際1時間ほど考えてらっしゃいました。結果的に出ないことになったんですが、『それでよかった』と言っていただけました」。

石井監督は決して、俳優陣に丸投げしていたわけではない。「監督が、僕たちがいるべき世界・舞台を用意してくれた。そこで『さあ、どうやって生きる?』と問いかけてくれた」と綾野さん。黒木さんもその言葉に力強く頷き、言葉を繋ぐ。

「最初はすごく怖かったんです。どういう風にそこにいればいいのか? その空気にどう馴染めばいいのか分からなくて…。でも、そんなことを考えることさえもいらないんだと感じさせてくれる現場でした。私が…いや、響子が何をしても綾野さんは大瀧として返してくれたし、そこで疑問が生じても石井監督が全てを見ていてくださった。綾野さんも、監督も、衣裳も美術も全てがこの映画のあの世界のためだけに存在してくれました」。

演じているときは何も考えずに単純に役としてそこに存在する。ならば演じていない時間、カメラが回り始めるまでの間の精神状態は――? 「きついですよ…」と綾野さんは苦悶の表情を浮かべる。

「スタートという声が掛かるまでは複雑、非常、混沌です。『狂った作業だな』と毎回思ってます。演じているときに全てを単純に受け入れられるように、そこに向かうまでは自分を苦しめ、追い詰めていく。それは俳優だけでなく、おそらく誰しもが直面するものだとも思います。ただ僕らの仕事は特に結果でしか評価されない。それでいいけど、自分自身のことは結果だけで評価しちゃいけない。だからこそ過程を大切にしなくちゃいけないんです」。

綾野さん、黒木さんの口から幾度となく発せられる「単純」「複雑」という単語。黒木さんは本作を経て、響子と大瀧の関係から感じた男女の違いについて、まさにこれらの言葉を用いてこう言及する。

「よく『男性の方が単純』という言い方をしますが、そうじゃないかもって思うんです。実は女の人は複雑なことが起きても、割と理性的に最短距離で解決できるんです。でも、男の人はああだこうだと遠回りをして自分を納得させないといけないのかな?」。

複雑に考え抜き、シンプルに演じる。綾野さんは黒木さんの言葉に自分自身を重ねるかのように少し照れくさそうな笑みを浮かべ、「的を射てるね。男は理屈っぽいからね」とポツリ。そして、美しい花が女性の胸にしか咲くことはないという設定について確信をもって断言する。

「理にかなっているというか当然、いや事実です。女性にしか咲きません。乳房があって、そこに花が咲く。そこで生まれてくる花にはおしべとめしべがある――つまり男でもあり女でもある。そんな全てが噛み合っているなと思います。(ポスターやパンフレットで)女性に『寄生する』という書き方をしてましたが、寄生じゃなくて、『生み咲く』もの。現場で彼女たちの胸の花を見て、そう感じました」。

うら若き少女たちの胸の上で彼女たちの養分を吸って日々、成長していくつぼみ。それは正気と狂気、美しさと儚さといった要素を孕んだ恋愛の比喩と言えるかもしれない。寓話的な幻想の世界で純粋なる愛を体現した綾野さんと黒木さん。綾野さんは恋愛という行為が持つ美しさをこんな言葉で肯定する。

「苦しいことばかりで、楽しいことは1割くらい。でも、それでいいと思うんですよ。他人同士が好きになれば盲目的になることもある。すごく豊かなことだと感じるし、いま、そういう発言をしている自分を『悪くないな』って思えるんです。愛とか恋とかじゃなく“人を好きになる”という感情って絶対的にものすごいことだと思います」。

黒木さんも、少し恥ずかしそうに自らの恋愛観を口にする。

「恋愛ってものすごくコミュニケーションをしないといけない仕事ですよね。言いたくないけど言わなくちゃ前に進まなかったり、一人だったらしなくていいはずのコミュニケーションが求められる。『会いたい』と思っても、相手が仕事で会えないなら我慢しないといけない。でもその我慢しているということを相手に分かってもらいたいと思うわけじゃないですか(笑)。冷静に考えたら『それ必要なのか?』っておかしくなります。いろんな先輩方が『恋をしなさい』って言うのが分かる気がしますね(笑)」。
《photo / text:Naoki Kurozu》

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