ジブリ宮崎駿、引退決断と発表の舞台裏…鈴木P「遺言」発言の真意

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宮崎駿(監督)&鈴木敏夫(プロデューサー) -(C) Getty Images
  • 宮崎駿(監督)&鈴木敏夫(プロデューサー) -(C) Getty Images
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  • 鈴木敏夫(プロデューサー) -(C) Getty Images
「正確に覚えているわけではありませんが、『風立ちぬ』の初号試写があったのが6月19日。その直後だったと思います」。

長年、宮崎駿を支え続けてきた“盟友”鈴木敏夫プロデューサーは、先日行われた会見で、宮崎監督から引退を告げられたタイミングについてそう明かした。映画の公開までおよそ1か月という時期である。そして7月20日に映画はついに封切られ、いまなお週末の興行ランキングのトップに居続け、大ヒットを記録中である。

8月末から始まったヴェネチア国際映画祭の「コンペティション部門」への本作の出品のために、スタジオジブリの星野康二社長が現地へと赴いたが、9月1日(現地時間)の公式会見の場で星野監督が宮崎監督の引退を正式に表明。このニュースは瞬く間に世界中へと発信された。

そして同じ週の9月6日、鈴木プロデューサー、帰国した星野社長を伴って宮崎監督による記者会見が行われ、そこで引退の理由と共にこの約2か月の間の引退を巡る“舞台裏”についても明かされた。

遡ることおよそ3か月前の6月7日――完成間近の本作の中間報告会見が行われ、4分間に及ぶ特別映像が初めて、報道陣に公開されたほか、すでに発表されていた庵野秀明に加え、瀧本美織らが声優を務めることが新たに発表された。

会見で鈴木プロデューサーは宮崎監督に「この映画は宮さんの遺言なんですか?」と尋ねたことを明かし、「…かもしれない」という答えを得たと語った。この“遺言”発言は、その後もメディアを騒がせることになるが、この時点では鈴木プロデューサーは宮崎監督から引退については何も聞かされてなかった。長年、共に歩んできたからこそ、感じられるものがあったのだろうか。

宮崎監督は引退会見で、引退を決断した瞬間については「よく覚えてない」と語った。だが、引き際に関する美学を問われ「映画を作るのに死に物狂いで、その後どうするかは考えていませんでした。それよりも映画はできるのか? これは映画になるのか? 作るに値するものなのか? ということの方が自分にとって重圧でした」と語っており、制作中ではなく、やはり完成を見届けたのちに決意したものと思われる。

ちなみに、先述の“遺言”発言に関しては映画完成後の6月24日に行われた宮崎監督と庵野さん、そして主題歌を提供した松任谷由実の鼎談の席で宮崎監督自ら「あの人(=鈴木プロデューサー)は、そういうことを言うのが好きなだけ。もちろん遺言ではないし、もうちょっと生きようと頑張っている」と否定していた。その後、公開直前の7月11日に行われた特別試写会の場でも鈴木プロデューサーも「それぐらい、言い残したいことを全部詰めた映画」とその真意を説明している。

この時点ではすでに2人の間で引退について話し合いが行われていたわけだが、もちろん「最後の作品=遺言」とは必ずしも言えない。宮崎監督自身、引退会見の中で「自分のメッセージを込めようと思って映画って作れないんですよ」と語っている。

また、報道陣への発表の前に当然、スタジオジブリのスタッフへの発表があった。鈴木プロデューサーは「映画の公開前に、映画ができてすぐ引退なんて発表したら話がややこしくなると思いました。だから映画を公開して落ち着いた時期にみんな(=スタッフ)に伝えることにした」と説明し、8月5日に社内で正式に発表したと明かした。

報道陣への最初の発表がヴェネチア国際映画祭の場になったことに関しては、プロモーションの一環と見る向きさえもあったが、鈴木プロデューサーは「映画の公開が一段落した時期、みなさんにも発表できるかなと考えていた」と明かし、当初より9月上旬の発表を予定していたと説明。

そんな中、かなりギリギリのタイミングで「コンペティション部門」への出品の要請が届いたそうで「宮さんには外国の友人が多い」ということもあり、国際映画祭の場であれば、国内・海外のメディアと分けて発表する手間も省け、また「まず引退を発表してその後(東京で)記者会見をやる方が混乱も少ない」と考えた結果、今回のような手順での発表に至ったと語った。

こうした話を聞いて、改めて感じるのは宮崎監督と鈴木プロデューサーの“ツーカー”ぶり。宮崎監督が引退を告げたとき、鈴木プロデューサーはさして驚くでもなく今回は本気だと受け止めた、というエピソードももちろんだが、その後の発表に至るまでの手際も見事の一言に尽きる。これまで、息の合ったコンビネーションで数々の作品の製作、プロモーションをこなしてきた2人は引退に際しても完璧な意思の疎通で事を運んだ。

会見の最後で宮崎監督と鈴木プロデューサーはガッチリと握手を交わした。パフォーマンスじみたことを好まない宮崎監督だが、このときは意図してというよりも、感謝と労いの思いがこみ上げ、思わず盟友の手を握ったようにも見えた。拍手に見送られながら、日本映画きっての名コンビはおよそ30年におよぶ軌跡に自ら幕を下ろした。
《text:cinemacafe.net》

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