【インタビュー】堂珍嘉邦 “兄貴”辻仁成への憧れ…「背中を追いかけて」芝居の道へ

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堂珍嘉邦『醒めながら見る夢』/PHOTO:Naoki Kurozu
  • 堂珍嘉邦『醒めながら見る夢』/PHOTO:Naoki Kurozu
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  • 『醒めながら見る夢』 -(C)2014「醒めながら見る夢」製作委員会
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前髪が少しだけ表情を読み取りにくくしているが、瞳は強い光を宿している。2012年「CHEMISTRY(ケミストリー)」の活動を休止し、ソロとして精力的な活動を続けている堂珍嘉邦。まもなく公開の辻仁成監督作『醒めながら見る夢』では映画初主演を果たしている。ソロで2年、デビューから数えて13年。30代半ばを迎えた彼が走り続ける理由とは――?

元々、辻監督の演出、堂珍さん主演の初舞台として上演された音楽劇の映画化。新進劇団の人気演出家の優児は、劇団の元看板女優の亜紀と密かに結婚し一緒に暮らし始める。次回の公演の準備が進む中で少しずつヤツれていく優児は、やがて「劇団をやめる」とまで言い出す。心配した親友で主催の竜也が彼の家を訪れたことで思いも寄らない真実が明らかになり…。

舞台上演から2年を経て映画化が決定。その時点で、堂珍さんの元に映画出演のオファーが来た。

「役への愛着、思い出もあったし、正直、自分以外の人が演じている姿を想像できなかった。ほかの人が演じているのを見たら嫉妬するであろう自分もいましたね(笑)」。

優児役のオファーのためにかけられた、辻監督からの殺し文句は「やっぱりハマるヤツはお前しかいなかった」。そう言われて奮い立たないわけがなかった。

「そう言われたら、頑張るだけでしたね。辻さんはミュージシャンとしてもちろん先輩で、年齢差は親子くらいと言ってもおかしくないけど、僕にとっては兄貴みたいな人なんです。舞台が終わったときに飲みながら『いつか映画になったらいいな』と辻さんがつぶやいてるのも聞いてましたからね。また一緒に出来るのが何より嬉しかったです」。

少し時計の針を戻す。2011年の音楽劇に出演した際はまだ「CHEMISTRY」としての活動中。いや、それどころかデビュー10周年のアニバーサリーイヤーとして多忙を極める中での出演だった。

「10周年という区切りの時期に何を打ち出していくのか? というところで、まずもっとライヴをやりたいという思いがありました。ライヴパフォーマンスや演出を考えて、ダンスをやったり、いろんなものを取り入れていた時期でしたね。僕の中では『CHEMISTRY』として活動する一方で、昔からの夢だったバンドをやりたいという思いが膨らんできた時期でもあって、そんな中でひょこっとお話をいただいたんです」。

断るという選択肢もあった。だが結果的に堂珍さんはオファーを受け入れる。

「まず、やっぱりお芝居に対して何の実績もない自分にわざわざ声をかけていただいて、今までも、やったことのないチャレンジを繰り返してきたんだから『やってもいいんじゃないかな』と思えたんです。それから辻さんに会ったんですが、作品を常に作り続け、走り続けている姿が素敵なのはもちろんですが、楽しんでクリエイティブなことをやっているところに清々しさのようなものを感じたんです。バンドをやって小説も書かれて映画も作ってといろんな立場からいろんな経験を積んでいて、僕が音楽から芝居の道に向けて一歩を踏み出すときに、辻さんの背中を追いかけるということに少なからず安心感を覚えてましたね」。

もちろん、舞台でも今回の映画でも、やる前から、演じることの難しさは感じていたし、終わってさらにその思いは強くなった。それでも――優児という役にどうしようもなく惹かれる自分がいた。

「弱い男ですよね。葛藤や後悔を抱えて思い悩んで…演じながら半分は辻さんなのかなと思いつつ、もう半分は僕自身だなと思ってました。弱さと強さの両面を持ちつつ、何とか続けている感じがね(笑)。やっぱり、僕にしかできない役だと思います」。

改めて、辻仁成という男を「僕にとっては扉を開けてくれた人」と語る。

「やっぱり、人間が共鳴し合って新しいものを生み出していくものだし、俳優と監督であれ、ミュージシャンとスタッフであれ、そこに共鳴するものがないと何も生み出せないし、誰も動かせないんですよ。最初の舞台上演当時、僕にとっては何よりも、一緒に『感じてくれる人』と仕事をすることがすごく重要だったんです。そこで辻さんも、自分の思いを共鳴させ、表現するための道具として自分を選んでくれたというのがすごく嬉しかったです」。

辻監督の存在の大きさはもちろんだが、誰より堂珍さん自身、常に自らの道を切り拓いてきた。ソロになって2年の軌跡がそれを物語っている。「CHEMISTRY」で積み重ねてきた11年をいったんリセットし、自ら「第二の音楽人生」と語るソロ活動へと移行する決断はどのようなものだったのか? 

「それはね、やっぱり大きいですよ。とはいえ、僕は一人ではなく、自分の可能性や自分にできる音楽を信じて、愛してくれるスタッフをちゃんと引き連れて活動させてもらっている。だからこそ外に出られたという思いはありますね。もちろん『CHEMISTRY』での活動があったからこそ今があると思ってるけど『CHEMISTRY』でいる限りは、どこかで自分を抑えて、エンタメに徹している部分があった。でもやっぱり小さい頃から憧れていたのはバンドだったし、これ以上、初期衝動を抑えることはできなかった」。

不安や恐怖は? という問いに「あるよ、もちろん」と即答しつつ「でもね…」と続ける。

「僕自身はもう、堕ちるところまで堕ちたとも思ってますよ。いまは『見とけよ』という思いで、そこから這い上がろうとしてる。楽しいです」。

芝居に対する思いもそう。「上手い」「下手」を超えて「自分が共演陣と向き合って出したものは真実だと思うし、そこに嘘はないよ」。

いつかまた、辻仁成の背中を見つつ、またいつかどこかで交錯する予感がする。

「そのとき、辻さんに『お前、いい感じになったな』と言ってもらえたらいいですね」。
《photo / text:Naoki Kurozu》

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