【インタビュー】橋本愛 全てを捨て、全てを糧に18歳は歩き続ける

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橋本愛『リトル・フォレスト 夏・秋』/Photo:Naoki Kurozu
  • 橋本愛『リトル・フォレスト 夏・秋』/Photo:Naoki Kurozu
  • 『リトル・フォレスト』夏秋ポスター-(C)リトル・フォレスト製作委員会
  • 橋本愛『リトル・フォレスト 夏・秋』/Photo:Naoki Kurozu
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  • 愛情注いで料理を作る、橋本愛/『リトル・フォレスト』-(C)リトル・フォレスト製作委員会
  • 橋本愛『リトル・フォレスト 夏・秋』/Photo:Naoki Kurozu
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「私、18歳になる時に、いままでの自分を全部、捨てちゃったんです」――。

字面だけ見ると、若さゆえの奇をてらった“不思議ちゃん”発言のようだが、さにあらず。彼女の言葉はフワフワと宙を浮いてはいない。いや、言葉以前に彼女の佇まいそのものが、18歳という年齢が信じられないほどの地に足の着いた落ち着きを感じさせる。自分を無理に大きく見せようとするような気負いが全く感じられないのだ。改めて映画『リトル・フォレスト』で、実年齢よりも年上の主人公を違和感なく演じられたワケが分かる気がする。

社会現象となった「あまちゃん」で主人公・アキ(能年玲奈)の親友の美少女・ユイを演じ、お茶の間の誰もが知る存在となった橋本愛。「あまちゃん」と同じく岩手県で撮影された『リトル・フォレスト』のオファーは、まだ「あまちゃん」を撮影していた時期に彼女の元に届き、その後、1年にわたって季節を巡りながら撮影が進められた。

原作は「月刊アフタヌーン」(講談社刊)に連載された五十嵐大介の人気漫画。東北の小森と呼ばれる小さな集落にてひとりで暮らす主人公・いち子が、自給自足に近い生活を送る姿をカメラが静かに追いかけていく。春夏秋冬の4部作で、まもなく『夏・秋』が封切られ、続いて来春に『冬・春』が公開を迎える。

聞くところによると本作、マスコミ向けの試写会でも女性の鑑賞後の支持率がかなり高いらしい。いち子は一度は都会に出たものの、自分の居場所を見つけられずに田舎へと帰ってきた女性。そんな彼女に共感する気持ちと、自然の中で自給自足の生活を送ることへの憧れがこうした評価に繋がっているのだろう。

淡々と、いち子は食物を育て、収穫し、食していき、カメラはその姿を静かに捉えるが、その姿はドキュメンタリー映像を見ているような錯覚を与える。橋本さんは、1年の撮影期間中、ほかの仕事も同時並行でこなしつつ、季節ごとに幾度となく東京から岩手へと足を運んだ。先に述べたような見る側のこうした生活への“憧れ”もあって「岩手での日々は“撮影”という感じではなく、単に田舎で生活しているという感覚だったのでは?」と尋ねられることも多いそうだが、橋本さんは静かに首を振る。

「むしろ、いわゆる撮影っぽい撮影でした。岩手に通っていると周りからも『家に帰るような感じ?』とか、『リフレッシュに行くような感覚?』と聞かれることが多かったんですが、いやいや『仕事、仕事!』という意識で、自分の中でもいっぱい、いっぱいな部分が多かったですね」。

そもそも、自然に囲まれての自給自足の生活自体、簡単でもなければ楽しいことばかりでもない。田植えをし、薪(まき)を割り、チェーンソーを駆使して木材を加工し、鴨を絞めて肉をさばく。撮影を通じて大変だったことを尋ねると「正直、向こうでの暮らしは“一定して”大変すぎて(苦笑)、感覚が麻痺してくるようなところもあって、逆にそうした一つ一つの作業を徐々に大変とも思わなくなってきました」とその過酷さの一端をのぞかせ、さらにこう付け加えた。

「薪割りもチェーンソーもコツさえつかめばすぐにできるんですよ。その感覚は新しいというか面白かったですね。体は全部、知ってるんだけど、変なことを考えていたり、余計なところに意識が行くとできなくなるんです」。

ドキュメンタリーではなく、あくまでフィクション。だがその一方で、1年という長い撮影期間、一人での撮影時間が多くを占めたことなど、これまでの作品とは撮影の手法などが大きく異なっていたのも事実。いち子という女性へのアプローチをこう説明する。

「いち子自身、“山猿”かというくらい(笑)、ガサツなところとかがあったりするんですが、一方でとても内気でひとりで考えこんじゃうタイプなんですよね。わりと揺れているんです。私自身、小森という場所に立ってみて、最初に夏に行った時は『すごくいいところだ』と思ったけど、だんだん同じ景色に飽きてきたり、いい意味で慣れたり、飽きたりというのがあって、ここを好きになったり、嫌いになったりという安定してない感じが自分の中にありましたね。少し前に『冬・春』を撮り終えたんですが、それと比べて『夏・秋』はフワフワしていたと思います。でも、原作がそもそも掴みどころがなくて、物語はあるけどモノローグばかりで、いい意味で曖昧で、変な、すごくいいバランスを持っていたので、それを映画にも継承できればという気持ちでした。途中で『もう、いち子じゃなくて、“私(=橋本愛)”でいいんじゃないの?』と思うこともあって(笑)、それを試したりしつつも、やはりいち子はいち子だという明確な人物像もどこかでしっかりと持ってました」。

いち子との年齢差に関しては、決して違和感を抱かせないが、橋本さん自身は1年を通じて難しさや葛藤を感じていた。

「すごくありました。この1年で17歳と18歳をまたいだんですが、すごく変わりやすい――単純に顔や外見もそうだし、内面も変わっていく時期に、こういう多少、揺れてはいるけどある程度の軸のぶれのようなものは収まっている年齢の女性を自分が演っていいのか? という不安はありました。絶対に自分が変わってしまうという確信がありましたから(苦笑)。他の作品の現場も経験し、見えるものも変わってくるし、逆に前に出来ていたことが出来なくなったり…。そんな中でこの役をやるのは、終わりまで恐怖と不安でしかなかった。ふり返っても『楽しかった』というよりも必死でした」。

改めて、自給自足の生活をふり返り「抜群に良いのは、自分の家の畑から朝、野菜をもいでそのまま朝食にできること。最高でした。これまで嫌いだったものが食べられるようにもなりましたから」と語る一方で、こうした生活は全体で見たら「やはり、自分には向いてない」とも。

「毎年毎年、(田植えや種まき、収穫など)同じサイクルで同じことをする――長い時は1年後にしか実にならないものを準備するというのは、眩暈(めまい)がしそうな暮らしだなと思います。いま自分は都会で、欲しいものを欲しい時に手に入れる暮らしをすることに慣れて、そういう生活を好んでしているので、(収穫の)保証のない生活に踏み出すというのは怖いですね」。

それはもちろん、どちらが良いという問題ではない。ただ、18歳の彼女はいま、自らの変化、そして見える景色や経験、温度、感動、あらゆるものが変わっていくことに身を委ね、楽しんでいるのだ。

「変化は感じています。(演技という点でも)とっても変わりましたね。前は現場でも『遊ぼう』『ふざけよう』ってことばかり考えていた気がしますけど、いまは『言われたことを最大限出せるように』という気持ちが強いですね」。

冒頭の言葉は、「あまちゃん」という大きな存在について改めて尋ねた中で出てきたもの。

「ふり返ると、あまりに無自覚だったなと思います。撮影中も、作品が独り歩きしている感覚はすごく強くて、私は毎朝、起きて見ていたわけじゃないので『私、流行に乗れてない!』って思っちゃったり…(笑)。それくらい私にとっては遠い存在でもありました。いまになると、畏れ多いような感覚なんです(笑)。普通に電車に乗ってると『え? 電車に乗るの?』と言われたりするんですが、そう言わせるくらい、大きな作品だったんだなといま、感じています」。

だからこそ、あえて彼女は過去を意識的に切り離した。決して「忘れた」わけではない。経験として血肉になって自らの内に在ることを自覚した上で、寄りかかったり、すがるのではなく、彼女は既に歩き始めているのだ。

まだまだ「やったことがない」ことがたくさんある。

「ちゃんとしたコメディをやったことがないんですよね。(主演ドラマの)『ハードナッツ! ~数学girlの恋する事件簿~』や『ねんりき! 北石器山高校超能力研究部』はコメディだけど、明確なキャラクターを指示されて、人間的な部分を捨てて役を作ったんです。よりリアルというか、人間性の濃いコメディをやりたいなとは思いますね。私自身は、変な映画が好きなんです。予定調和ではなくて『え? 何いまの?』『いま、何を見せられてるんだ?』と感じる瞬間がある映画が」。

18歳と思えないほどの冷静な視点で現実を見つめつつ、この先、スクリーンの中では大いにぶっ飛んだ姿を見せてくれそうな気がする。
《photo / text:Naoki Kurozu》

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