【MOVIEブログ】2016東京国際映画祭作品紹介 「コンペ」(東アジア編)

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『ミスター・ノー・プロブレム』(c) Youth Film Studio
  • 『ミスター・ノー・プロブレム』(c) Youth Film Studio
  • 『シェッド・スキン・パパ』(c) Magilm Pictures Co., Ltd.  Dadi Century (Beijing) Co., Ltd. All Rights Reserved
東京国際映画祭「コンペティション」部門の作品紹介第5弾、東アジア編で、中国と香港です。

まずは中国から、『ミスター・ノー・プロブレム』という作品で、メイ・フォンの監督デビュー作です。デビュー作ではありますが、メイ・フォンは並みの新人ではなくて、カンヌを始めとする国際映画祭を席巻したロウ・イエ監督作品の脚本を手掛けています。『天安門、恋人たち』(06)、『スプリング・フィーバー』(09)、『二重生活』(12)の3本で組み、『スプリング・フィーバー』はカンヌで脚本賞を受賞しています。

現代中国の若者の姿を赤裸々に描き、物議を醸すことも多いロウ・イエ作品を手掛けてきたメイ・フォンなだけに、当然監督作としても現代ドラマを予想していたところ、その予想は鮮やかに外れ、なんと1940年代に書かれた短編小説を原作とする映画を作ってきました。原作者は、戦前戦後に活躍した中国の作家、老舎(ろうしゃ、あるいは、らおしゃ)です。

僕は老舎についてあまり知識を持ち合わせていないので、詳しく書く資格が無いのですが、日本人にも馴染みの深い魯迅と並んで称される重要作家であり、作品の多くが映画化もされていますね。例えば田壮壮が監督した『鼓書芸人』(88)がありましたが、僕は無念ながら未見です。そして、映画化されていない数少ない原作が、本作だったようです。老舎は文化大革命の初期、1966年に自害しており、今年が没後50周年にあたります。メイ・フォンが取り上げたのは、これを記念する理由もあったようです。

僕は映画をたっぷり堪能したあとに、原作を探して読んだのですが(「老舎自選 短編小説選」収録の題名は「問題にならぬ問題」)、これは実に見事な映画化だなあと感嘆させられました。

戦中の重慶に、ブルジョワ一家が所有する豊かな農園がある。雇われ番頭さんが経営を仕切っているのだけれど、どうも万事に太っ腹過ぎて、実は農場は赤字が続いている。番頭さんは現金収入を見込んで、闖入した青年に農場の部屋を貸すが、青年は家賃を払おうとしない。自称芸術家の青年は、やがて農場を騒ぎに巻き込んでいく…、というお話。

まず見どころは、全体の統一された世界観であると言えます。戦時なのに戦火の音が聞こえてこない、一種のユートピアのような世界の物語であり、端正なモノクロ画面がその世界観を美しく表現しています。引きの絵が多いので、観客は少し距離を置いて物語の推移を見守ることになりますが、その距離感が程よくて、本当に小説を読んでいるような感覚に陥ります。一種のユートピアと書きましたが、ファンタジーのようなフワフワ感ではなく、クラシカルな様式美が活かされていて、全体に品格が漂い、あらゆるショットが決まっている。この美的統一感がもたらす快感はかなりのもので、大スクリーンに映えるはずです。

そしてもちろんキャラクターの魅力があります。番頭さんは、如才の無さだけで世渡りをしてきたような人間で、なんとかその場その場をやりくりしてごまかして、究極の事なかれ主義を貫く「ミスター・ノー・プロブレム」なわけですが、その立ち回る姿が実に面白い。メイ・フォンはこのキャラクターに現代中国人の象徴を見出しているとのことですが、いやいやこういう人は日本にもいるし、なんなら自分も近いかもしれないと思わされます。彼を中心に、複数の個性的な人物が出入りしますが、いずれもにじみ出るような面白みがあります。

原作は短編ですが、映画は2時間半の長尺です。しかし、3幕構成が上手く機能していて、全く長さは気にならない。ミニマルな世界なのだけれども絵巻的なスケールもある。そして、上述のような美意識の統一感、あるいはワンシーン・ワンショットの多用など、映画的な刺激にも溢れている。文学を感じながら、確実に映画を味わうという、実に懐の深い作品です。そして、この一種の寓話が現代に投げかけるテーマは何だろうか、と考えながら見ることも楽しいわけですが、ここで僕の野暮な解釈を披露することは自重しておきます。これも上映後に語り合いたいですね。

ロウ・イエの映画を何となく想像しながら本作を見る人は、あまりの雰囲気の違いにびっくりすると思います。そして、メイ・フォン、映画監督としてもこんなに才能があったのか! とさらにびっくりするはずです。現在は北京電影学院で教鞭をとる方が主のようですが、ここはなんとしても監督を続けてもらわないと困ります。クオリティーの高い中国のアート系作品が減ってきたように思える昨今、メイ・フォンの存在の重要性はこの1作だけで証明されました。かくも重要な作品をワールド・プレミアでお迎えできることは、つくづく光栄だと思います。

そして、次は香港の作品です。アート系の『ミスター・ノー・プロブレム』とは一転して、こちらは奇想天外なコメディ・ドラマで、 『シェッド・スキン・パパ』という作品です。中華圏のマーケットを意識したメジャーな作品ですが、実は原作が日本の戯曲であるというところが第一の特徴です。

佃典彦さんによる「ぬけがら」は、2006年に岸田戯曲賞を受賞しています。この作品の内容を、設定を香港に変えて翻案し、実際に香港の舞台で上演(演出)したのち、映画化さえも実現してしまったのが、ロイ・シートウ監督です。シートウ監督は原作の斬新さに驚き、自分の人生について理解が深まったともコメントしています。僕は本作(映画)をまず見て、荒唐無稽な設定に笑いながらも、なんと深い映画なのだこれはと動揺し、そこで慌てて佃さんの原作を入手して読んでみました。すると、完全に香港の映画として成立していると思われた作品が、いかに原作に忠実に作られているかを知って、さらに驚きが増したのでした。

不運続きの映画監督が主人公で、仕事もダメ、妻からも離婚を迫られているという最悪な状況で、もう死ぬしかないかとぼんやり考える中、なんと認知症の老父が、ある日脱皮して若返っている…。という物語です。

どうやったらこんなアイディアが思いつくのだろうかと、脱帽するしかない設定なのですが、これ以上はもう書きません。明るい香港映画のコメディ・タッチがベースにありつつ、奇想天外な父と息子の物語であり、夫婦愛の物語でもあります。さらに大きなテーマもありますが、それは書かないでおくとして、とにかく設定のユニークさを楽しみ、そしてそのユニークな設定がいかなる効果を生んでいくかに驚き、堪能してもらいたいです。

ロイ・シートウ監督は1967年生まれで、長編監督はこれが1本目ですが、90年代から脚本家として長い経験を積んでいます。ツイ・ハーク監督と組んだりもしていますね。2006年から香港の劇団の演出家に就任していますが、「ぬけがら」との出会いが映画監督への道をプッシュしたことになったようです。コメディー演出の部分と、芝居をじっくり見せる部分の使い分けが巧みで、そして終盤のここでは書けない場面の演出には、大いに驚かされます。

さらに、主演が、フランシス・ンと、ルイス・クーという、超豪華共演。ダブル主演と言っていいのですが、いやあ、まあ、今回のフランシス・ンにはびっくりします。すごいです。「すごいです」しか書けないって、バカみたいですが、でもネタバレを避けるためにはそうとしか言えないのだからしょうがない。そして、映画への出演が途切れることのない、超売れっ子のルイス・クーも、普段の2枚目役とは異なり、今回はダメ男を喜々として演じていて楽しいです。

日本の優れた原作を、香港の才能が映画化し、大スターが主演する。そんな作品が『ミスター・ノー・プロブレム』と並んでワールド・プレミアで来てくれるという事実には、本当に興奮しますし、こんなに嬉しいことはありません。全くタイプの異なる2作品ですが、いずれも特別なバックグラウンドを持つ脚本家出身の新人監督であるという点で奇しくも共通しています。そして脚本家出身なのに、自分の監督作品には他人の原作を選んだという点でも一緒です。中華圏からとても強力で深い2作品が揃った、と喜んでいたら、不思議な共通点があったというわけです。もちろん偶然ですが、何か運命も感じてしまいます…。

というわけで、素敵な中国&香港作品、お楽しみに!

さて、西欧、北欧、東欧、北米、南米、西アジア、東南アジア、東アジアと、コンペ作品を地域別に紹介してきました。次回はついに日本へ!
《矢田部吉彦》

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