『ゾディアック』で描かれているのは、“のめり込むこと”についてだ。世の中には仕事にのめり込む者、趣味にのめり込む者、恋愛にのめり込む者と、様々な依存の対象が存在するが、『ゾディアック』に登場するのは、異常犯罪者・ゾディアックにのめり込んだ4人の男たち。この映画の原作でもあるノンフィクション小説を著した風刺漫画家、彼と同じ新聞社の花形記者、さらには事件を担当する刑事2人が、60年代末から70年代にかけてアメリカを震撼させた連続殺人鬼・ゾディアックの謎を追い求めていく。最初は誰もがのめり込んだ。事件の詳細と不気味な暗号文を記した手紙を新聞社に送りつけ、それを掲載させたゾディアックは世間の注目を一身に集めることに。なかには、彼の暗号を解読する読者も出現。けれど、ブームとはいずれ去るもので、一向に解決しないゾディアック事件に対する人々の関心は薄れていく。ジェイク・ギレンホールとロバート・ダウニー・Jrは前述の漫画家と記者をそれぞれ演じているが、ブーム中、ブーム後の彼らの変貌ぶりがいい。真っ只中にいる時の彼らは、のめり込む姿が頼もしく、そのウィットに富んだ言葉の応酬が格好よくさえ見える。しかし、ブーム終焉後を描いた後半、彼らの姿は時代に取り残された敗者のようで、暗号と対峙して目を輝かせるジェイクの表情は狂気を帯びているようにも見える。監督のデヴィッド・フィンチャーはスリラーの名手らしい緊迫感を全編に漂わせながら、のめり込む男たちの悲哀のドラマを描き上げている。過去の作品から推察するに、フィンチャー自身ものめり込み系の映画監督だと思われるが、そんな彼にとっても『ゾディアック』は“ハマる”題材だったに違いない。