『かぞくのくに』井浦新の静寂なる熱 「人間そのものへの興味が尽きない」

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『かぞくのくに』 井浦新 photo:Naoki Kurozu
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「なりきる」というのとは違う。「魂をすくい取る」とでも表現すべきだろうか? 井浦新は自らが演じる人物に真摯に向き合い、映画の中を生きる。「政治や思想ではなく、そうやって生きるに至った人物そのものに興味がある」という本人の言葉通り、革命を信じ内ゲバを繰り広げた極左の活動家から自衛隊の決起を呼びかけ割腹自殺を遂げた三島由紀夫、旧日本軍の軍人に怨霊伝説で後世にその名を記憶される悲劇の帝まで、イデオロギーや時代を超えて様々な人物を演じてきた。そんな彼が最新作『かぞくのくに』で演じるのは、70年代に家族と別れ北朝鮮に移住し、25年を経て病気療養のために日本に一時帰国をすることになったひとりの“異邦人”。在日コリアン2世であるヤン・ヨンヒ監督自身の体験を基にした本作で井浦さんは何を感じ、伝えようとしたのか?

「答えを提示するのではなく、もっと生々しく感じてもらえるような芝居をしたい」

いま現在も解決されることなく日本と北朝鮮の間にある種々の問題や現実が、前提として本作に横たわっていることは間違いないが、映画の中心を貫いているのはタイトルにもあるように、ある在日コリアンの“家族”の物語である。井浦さんは意外性を感じながら脚本を読み進めたという。
「最初に監督自身と(北朝鮮に渡った)お兄さんの体験を基にしたお話と聞いていたのですが、正直、もっと政治に寄った物語なのかなと思っていましたが、読んでみたら、そうした政治的な部分は、見事に“背景”としてキッチリ収まっていて、ある家族の苦悩や在り方がしっかりと描かれていた。とは言ってもこの家族の姿を通じて、様々な問題がものすごい力を持ってあふれ出てくるのを感じました。やはり実話だからこその力を感じたし、そこに自分が参加したいという気持ちが湧いてきました」。

25年ぶりに生まれ育った日本の地を踏み、家族や友人、かつての恋人と再会を果たすソンホ。井浦さんは淡々と静かな佇まいで彼を演じるが、その静けさが彼の存在感を際立たせ、声なき彼の心の叫びを見る者の胸に響かせる。
「まさにその点は最も意識してやった部分です。物語自体に力があるからこそ、大げさに何かを表現するような演技は絶対にしないと決めていました。悲しい出来事を悲しく表現するのではなく、見る人に答えを提示するのでもなく、もっと生々しく感じてもらえるような芝居がしたかったんです」。

安藤サクラとしか築き得なかった兄妹の関係

特に感じてほしいのはソンホと家族との心の距離。映画で描かれるのはほんの数日の物語だが、そのわずかな時間の流れの中で決して劇的にではなく、少しずつその距離は変化していく。
「共演者のみなさん(父:津嘉山正種、母:宮崎美子、妹:安藤サクラ)とは、事前の打ち合わせは全くないままにテストに臨んで、そこでそれぞれが考えてきたことを積み重ねて“家族”を作っていきました。やはりこれは個人ではなく家族で紡いでいく物語。みんなで距離感を探りながら自然に生まれてきたお芝居だと思います」。

映画は幼い頃に別れた兄・ソンホを見つめる妹のリエの目線で描かれる。国家の命令でリエに日本での諜報部員になることを持ちかけるソンホ。彼女に自由に生きることを託すソンホ。2人の関係性を表現する上でのヤン監督との会話とリエ役の安藤サクラの存在の大きさについてこう語る。
「何より考えたのは、ソンホにとってリエはどういう存在なのか? ということ。その答えは監督との話の中にありました。こちらから『お兄さんのことをどう思ってたんですか?』とは尋ねませんでしたが、監督がお兄さんについて語るときの顔が本当に嬉しそうだったんです。そんな妹をどんな思いでお兄さんは見ていたんだろうと考えながら作り上げていきました。妹に諜報員になるようにと言うなんて、ソンホのような男ならそこには苦しみしかなかっただろうし、言った後で悔いる気持ちも湧いてきたと思う。キッパリと彼女が断ってくれたことに救われもしただろうし、それを経て彼女への心の開き方もまた変わっていったと思う。そうやってワンシーンごとに積み重ね、築き上げていきましたが、それはサクラさんとでなければできなかったでしょうね。決してやりやすいだけじゃないんです。むしろやりづらかったりもするんだけど(笑)、その先に独自のソンホとリエの関係性を作れると確信しながら探っていきました」。

宿題は増えていく。「ツライ」と思えるようになって楽しくなってきた

冒頭でも触れたが、政治的な右左やフィクション、実話を問わずここ数年、多様な役柄を演じてきた。巡り合せもあるが役の振れ幅という点で、これほど両極端な立場の役柄をこの短い期間に演じられる俳優はそうはいないだろう。
「芝居を通じて歴史上の事件を追体験することはできても、その人物そのものになることなんてできないし、ましてやその人の気持ちを僕が分かることなんて絶対にできないと思ってます。それでもその人が感じたものと近い何かを感じることはできるのでは? という思いもあって、人間そのものへの興味が尽きないです」。

「ここ数年でやっと、自分がやってみたいと思っていた表現方法や求めていた役柄と出会えるようになった」とも。その過程で自身が変わっていっていることも感じており、変化それ自体を楽しんでいるようにも見える。
「こうやって自分の言葉で語るようになったのも本当に最近のことです。これまでは役柄や作品どころか自分の仕事についてさえも自分の考えを語ってきてなかったですから。何で俳優をやってるのかと尋ねられたら『何となく』でしかなかったです。もちろん、そのときにできる最高の状態で仕事に向き合ってきていたと思います。でも本当に役者が楽しいと感じられるようになったのはこの数年で、きっかけを与えてくれたのは若松(孝二/『実録・連合赤軍−あさま山荘への道程』)監督で、課題を生み出してくれたのが是枝(裕和/『ワンダフルライフ』)監督です。決して何かが分かったというわけではないし、楽しいと言っても血ヘドを吐きそうなくらいツラいのが楽しいって意味ですよ(笑)。どんどん迷宮入りするし、やればやるほど分からなくなるし、宿題は増えていく。それをちゃんと『ツラい』って思えるようになって、やっと楽しくなってきました」。

今回の役柄さながら、静謐さの中に確かな熱を感じさせてくれる口調だった。

《photo / text:Naoki Kurozu》

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