【シネマモード】『わたしはロランス』…“心に正直に”生きる人々へ

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『わたしはロランス』
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  • グザヴィエ・ドラン監督(C)Alexandre de Brabant
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心に正直に生きている人は幸せです。誰だって、そうしたいのはやまやまですが、いろいろな理由で、自分を抑えて生きることも珍しくありません。特に、いまよりも多様性を許さない傾向にあった時代には、それを余儀なくされていた人はもっと多かったはず。『わたしはロランス』の主人公もそのひとりです。

物語の舞台は1990年代。ホモセクシュアルも、性同一性障害も、女装癖も男装癖も、まだまだごちゃごちゃになっていた時代。モントリオールに住む男性国語教師のロランスは、子どもの頃からよく母の服を拝借していました。そして、ずっと自分の身体に違和感を覚え、あるときついに恋人のフレッド(女性)に、「これまでの自分は偽りだった。女になりたい」と打ち明けるのです。

ロランスにとってそれは、愛する人に本当のことを告げる待ちわびた瞬間でしたが、決して歓喜に満ちたものではありません。むしろ、“これ以上耐えきれず”といった感じ。最愛の人に、どう受け入れられるかも分からないまま、言わずにはいられないという切迫したものでした。

一方のフレッドは、「私が愛する要素を否定するの?」と非難するものの、彼にとって最大の理解者であろうと決意します。作品は、カムアウト以後の騒動、人間関係の変化、ロランスとフレッドの愛の軌跡を丁寧に、繊細に、かつ大胆に描いていくのですが、その様が実に見事。全168分という大作ですが、ひとりの男の心の旅を映し出すには長くなどありません。

確かに、最近の映画の中では長い方かもしれませんが、派手な演出もないのに、決して飽きさせることなく観客をロランスの旅に同行させる成熟した手腕は、グザヴィエ・ドラン監督の年齢(現在23歳!)を考えると驚くばかりです。

監督は、撮影スタッフの実体験をヒントに本作の脚本を執筆したそうですが、きっとこの物語は特別なものではあるものの、決して特殊なものではないのかもしれません。黙っていた方が楽には違いないけれど、自分の心に正直でありたいという衝動は、損得では抑えられないものなのでしょう。一生秘密にし続けられるなら、どれだけ楽か。

でも、それができないから、数々の困難を覚悟の上でカムアウトする。それは、美学と呼べるもの。苦労をいとわずに、そういった生きる美学を実践し続けた人がいるおかげで、社会が真実に気づかされるということが、人類の歴史の中でどれだけ繰り返されてきたことでしょう。

その結果が常に幸せばかりを生むとは限りませんが、一部のフロンティアたちの勇気ある行動が重ねられていくことでしか、世の中は動くことはできないのかもしれません。

そういう意味で、ロランスが初めて女性の姿となって、生徒たちの前に現れるシーンは、観ているだけで、とてつもない緊張感と共に心が震えます。この、晴れの日のために用意したであろうジャケットとスカートに身を包み、アクセサリーとメイクで飾られたロランスの姿は、ある人には異様に映ることでしょう。でも、そこに愛しさを感じ取ったなら、きっとあなたはこの作品を好きになるはず。

ロランスは、性同一性障害を持つ人の代表なのではなく、心に正直に生きたいすべての人の代表。そんな人たちへの応援歌のような作品ですから、好きにならずにはいられないのです。
《text:June Makiguchi》

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