芸術の秋、アートを感じる映画vol.2 天才か奇人か。はたまたその両方か

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それはかなり前のこと。とあるピアノ・ソナタをCDで聴いていたときのことです。部屋には静かに、でもときに激しく、音楽だけが流れていました。そして、その場には私一人だけしかいないはずなのに、あるメロディのところで、誰かが鼻歌を歌っているような不思議な音がかすかに耳に届き始めました。これはもしや心霊現象? と、どきどきする私。よく子供の頃にありましたよね、歌手○○のレコードに奇妙な声が入っている…とかいう話。もしかして、このCDもそのひとつなのか。そんなどきどきが、私と20世紀を代表する名ピアニスト、グレン・グールドとの出会いでした。

クラシックファンの方ならご存知でしょうが、彼は興が乗ってくると、それがレコードの録音中であろうとなんだろうと、よく一緒に鼻歌を歌っていたといいます。ですから、多くのCDにもそれがはっきりと残っているのです。そのせいで、どうやら録音技師泣かせだったようですが、いまではそれも個性の一部。とはいえ、彼の個性はこれだけに止まりません。演奏中は自ら指揮をするように腕を振り上げたり、夏でもコートとマフラー、手袋を身につけていたり、ピアノの椅子の高さにこだわっていつまでもそれを調整していたり、と逸話には事欠かない人物なのです。

グールドは、22歳で録音したバッハの「ゴルトベルク変奏曲」がクラシックで異例の大ベストセラーを記録(しかも、ルイ・アームストロングの新譜を抑えての快挙!)。でも、若くして名声を手にしたにも関わらず、演奏活動を32歳で引退(彼のコンサートに行ったことのある人が羨ましい!)。その後は、スタジオ活動に専念しただけあって、いまもショップには彼のCDが所狭しと並んでいます。そんな彼が、27歳のときに行ったスタジオ録音の様子が見られるのが、映画『グレン・グールド 27歳の記憶』です。どうしてコンサート活動が嫌いなのか、他の人のコンサートに行くのも嫌な理由などを自らの言葉で語ってもいますので、ファンにはかなり興味深いのではないでしょうか。

確かに不思議な人ではありますが、私にはとても魅力的な人物に思えます。そもそも動いている彼を見たことがなかったので、そのノリノリの演奏姿がまず衝撃的。そして、かなりのイケメンだったということを抜きにしても、彼の紡ぎだす奇跡的な音色、演奏中の情熱、かわいらしい笑顔などは、奇人、変人と称されるには、あまりにもチャーミングなのです。そんな魅力を再発見できるだけでなく、本作は、彼の行っていたクリエイティブな活動がどのようなものだったか、その一端を伝える貴重な記録ともなっています。

生きていたら今年75歳だったというグールド。いまなら、どんな演奏を聴かせてくれるのでしょう。50年の生涯を独身で通したため、彼の遺伝子が受け継がれることはありませんでしたが、実はこんな話が。

地球外生命との出会いのために、惑星探査機パイオニア10号には「人類の遺産」としてグールドの演奏が積まれています。いまも、宇宙のどこかで響き渡っているかもしれないグールドのピアノ。この奇想天外だけれど、何ともロマンティックなエピソードは、グレン・グールドにお似合いなのではないでしょうか?

《text:June Makiguchi》
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