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【シネマモード】正直に人と向き合い続ける…“最期”の奇跡『おみおくりの作法』

都会の片隅で、ひっそりと孤独に暮らす人々。彼らが人知れず亡くなったとき、可能な限りの情報を集め、関係者を見つけ…

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『おみおくりの作法』-(C) Exponential (Still Life) Limited 2012
『おみおくりの作法』-(C) Exponential (Still Life) Limited 2012
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都会の片隅で、ひっそりと孤独に暮らす人々。彼らが人知れず亡くなったとき、可能な限りの情報を集め、関係者を見つけ、そこから分かったことを手掛かりに故人の人となりを盛り込んだ弔辞を作成し、たったひとりで葬式を出す。それが、ロンドン市ケニントン地区を担当する民生係、ジョン・メイの仕事です。

事務的に処理することも可能な仕事ですが、ジョンは故人に敬意を払い、誠意をもって時間をかけて一件一件処理しているのです。ところが、その仕事ぶりが災いし、あまりに時間と手間、費用ばかりかかってしまうと、人員整理され解雇されてしまうことに。そんな彼が最後に担当することになったのは、目の前の建物に住んでいたのに、全く交流のなかった男性。これが最終案件と思えばなおのこと、そして身近にいた人物だと知ればなおのこと、これまで以上に熱心に男の人生を辿っていくのです。そうする中で、彼自身に、新しい人生の扉が開かれ…。

自らも孤独であるジョンにとって、担当する人々は単なる“案件”ではありません。彼が行う“おみおくり”には、仕事という以上に、彼の生き方、精神、人間味、心が込められているのです。

そんな彼の内面を垣間見られるのが、幾度となく繰り返される日常の描写。いつも同じきちんとした服装で座るジョン、いつも同じメニューの食事が並べられたテーブル。大した楽しみもなさそうなジョンの生活は単調で、ファッションも食生活も、決して華やかでも贅沢でも、スタイリッシュでもありません。その描写は、極めて静か。静止画のようでもあります。

“STILL LIFE”という原題がつけられている本作ですが、これは、絵画の“静物・静物画”と同じ意味。果物、花瓶、魚、食器、花などの静物が描かれた画を鑑賞するとき、私たちは描かれているものだけでなく、そのシーンの裏にある人間の気配や、そこに存在する物をとりまく空気感、雰囲気などをじっくり楽しむことができるはず。つまり、淡々とジョンの生活を映し出した静物画的描写からは、彼が内包しているもの、彼をとりまくもの、彼の人生などを察することができるわけです。そこには、寂しさ、孤独、誠実さ、まじめさが。形式美を重んじながらもシンプルに徹したストーリーテリングによって、実に雄弁にジョンの心情、そして何より彼そのものを表現させているのです。

それは、短歌や川柳のような、究極的な引き算の世界。日本人にはとてもしっくりきます。ウベルト・パゾリーニ監督はこう話しているそう。「私が視覚的に小津安二郎監督の晩年の作品を参考にしました。そこには日々の生活が静かに、しかし力強く描かれているのです」と。なるほど。小津映画で観られた、静かでシンプル、なのに力強く豊かな人間描写が確かに継承されています。そんな手法だからこそ、死というものを悲劇という単純な視点で片づけることなく、その周囲にある人情と、そこから生まれる希望や温かさをじっくりと映し出すことに成功したのでしょう。

決して逃れることのできない死を意識したとき、救いとなるのはやはり人の心。誠実に生き、正直に人と向き合うことこそ、死という恐怖の呪縛から解放されるのかもしれません。重く、切ない物語ですが、最後に訪れる奇跡の瞬間に触れたとき、きっと胸が熱くなり、この作品と出会えてよかったと心から思えることでしょう。
《牧口じゅん》

映画、だけではありません。 牧口じゅん

通信社勤務、映画祭事務局スタッフを経て、映画ライターに。映画専門サイト、女性誌男性誌などでコラムやインタビュー記事を執筆。旅、グルメなどカルチャー系取材多数。ドッグマッサージセラピストの資格を持ち、動物をこよなく愛する。趣味はクラシック音楽鑑賞。

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