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【シネマモード】勇者の“素顔”が見えてくる…『ディオールと私』

世界的な大成功を収めた人々を見ていると、彼らはとても運が良く、恵まれた人々だという印象を勝手に持ってしまいがちです…

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『ディオールと私』 (C)CIM Productions
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世界的な大成功を収めた人々を見ていると、彼らはとても運が良く、恵まれた人々だという印象を勝手に持ってしまいがちです。まるで、彼らが特別な強運の持ち主で、成功への階段を一気に駆け上がったように思ってしまうもの。ところが、彼らの素顔を知れば知るほど、実はそうではないことがわかってきます。成功の裏には、すさまじい努力やこだわりが。とても耐えられそうにないプレッシャーにも立ち向かってきた、“勇者”という表現がぴったりな人がほとんどです。

成功者たちの人生や素顔を紹介するドキュメンタリーを良く観るのですが、特に興味を惹かれるのが、自分の才能ひとつで成功を手にした人々。だから、映画『ディオールと私』は、個人的にも大好き。知名度も低く、オートクチュール界での経験も無い若きデザイナー、ラフ・シモンズが「ディオール(Dior)」という伝統と歴史を持った老舗中の老舗メゾンのアーティスティック・ディレクターに就任してから、初コレクション発表までを追った作品です。

今でこそラフは注目の存在ですが、2012年の就任発表の際のファッション業界の驚きは、相当なものでした。しかも、コレクション準備期間はたいてい5~6か月だというのに、彼に与えられた時間はわずか8週間。ここから、メゾンを支えるお針子たちやスタッフと気持ちをひとつに、秋冬オートクチュールコレクションを成功へと導けるのか。もちろん、今のラフの活躍を見れば、結果は明らか。でもそこに至るまでの緊張感は、こちらまで胃が痛くなってしまいそうなほど。そこを、スタッフたちを納得させるだけのカリスマ性と、その土台となる情熱、ひらめきを生むこだわりゆえに超えていく。クリエーターには才能は不可欠なのでしょうが、むしろ才能よりも、自分を貫く強さと情熱の方が必要なのではないかと思うのです。

例えば、彼がどうしてもコレクションに使いたいとこだわった“アンプリメ・シェンヌ”という織物。これは、布にプリントを施すのではなく、織る前の糸に色をつけるという1940~1960年代の織り方だそうです。ラフは、これを使って米国の抽象画家スターリング・ルビーの絵画を服の上で再現しようとするのですが、アートを再現する難しさと、それを服の上で行うという難題に、メゾンのファブリック・コーディネーターらは大わらわ。でも、そこで「あ、大変ならいいです」とは言わないのがプロ。そして、困難に見舞われてもスタッフに「無理です」と言わせず、この人のために何とかしたいと思わせるのもプロ。そして、仲間から最大の効果を引き出し、どんな苦労も、「ああ、素晴らしいありがとう」という言葉と満面の笑顔で帳消しにしてしまうものプロなのです。

スタッフたちが、無理難題を提示されながらも“あの人のためなら”と頑張るのは、やはりラフに対する敬意があるから。もちろん、ラフからの敬意も不可欠。スタッフも駆けつけたコレクション当日の舞台裏の様子には、それがはっきりと分かります。ひとつの大きなものを、一緒に作り上げていると思えばこそ、“やらされている感”など生まれないのです。

物書きの端くれとしては、不労所得、つまり“泉のように湧いてくる印税”に憧れる気持ちもありますが、ほとんどの成功者たちは、不労はおろか、人の何倍も努力をしています。驚くほどの成功を手にするためには、不可能と思われることにもまず挑戦する。きっと、挑戦を恐れて避けてしまう人々より、何倍も傷ついた経験があるはずなのです。たいてい、成功者は人生を左右するような失敗を経験し、苦い思いを乗り越えつつ、胸に抱いて成功を手にしています。映画には特に描かれていませんが、スター性たっぷりなのに表に出るのを嫌うラフからは、彼が自信満々のオレ様ではないことが分かります。

本作では、産みの苦しみの最中もカメラが回り、悩む天才の姿も存分に映し出されていて、ここまでよく許したものだと思うほど。天才、カリスマ性だけを打ち出したいなら、きっとここまでさらけ出せないはず。イメージを大切にするファッション業界のカリスマが、ベールを脱いで素顔になった。そんな表現がぴったりの業界裏話ドキュメンタリー。ファッション、デザインのみならず、人間に興味があるすべての方におすすめしたい作品です。
《牧口じゅん》

映画、だけではありません。 牧口じゅん

通信社勤務、映画祭事務局スタッフを経て、映画ライターに。映画専門サイト、女性誌男性誌などでコラムやインタビュー記事を執筆。旅、グルメなどカルチャー系取材多数。ドッグマッサージセラピストの資格を持ち、動物をこよなく愛する。趣味はクラシック音楽鑑賞。

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