ワールドカップ優勝直後、パリ郊外の暑い夏― "レミゼじゃないレミゼ" が描く「誰も正しくない世界」

《text:宇野維正》2018年の7月、パリの市民は眠れない2日間を過ごしていた。毎年盛大な式典がおこなわれ、エッフェル塔がそびえる夜空に花火が打ち上げられる革命記念日の7月14日。

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『レ・ミゼラブル』
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《text:宇野維正》

 2018年の7月、パリの市民は眠れない2日間を過ごしていた。毎年盛大な式典がおこなわれ、エッフェル塔がそびえる夜空に花火が打ち上げられる革命記念日の7月14日。そしてその翌日、ワールドカップ・ロシア大会の決勝の舞台に立ったフランス代表は、自国開催だった1998年の大会以来20年ぶりに世界一の称号を奪還することになった。『レ・ミゼラブル』はそんな狂騒状態のパリ市内の情景から始まる。


「夢」のような時間は続かない



 パリ郊外モンフェルメイユの団地に住む、人種的にはアフリカ系が中心、宗教的にはイスラム系が中心の少年たちは、バスや電車を無賃乗車で乗り継いで、街なかのテレビでフランス代表を応援するためにその熱狂のど真ん中に飛び込む。作中でも描写されているように、人々は皆、新しいスーパースター、当時19歳のキリアン・エムバペの名前を口にしていた。貧困、人種、宗教の壁の向こうで、フランス社会の中で疎外感を植えつけられてきた少年たちは、自分たちと同じパリの郊外出身でアフリカ系移民の子供だったエムバペの勇姿を通して、もしかしたらこの時に生まれて初めてフランス社会と一体感を覚えて、フランス国民であることを誇らしく思ったのかもしれない。しかし、そんな「夢」のような時間は長く続かない。


『レ・ミゼラブル』が告発する「誰も正しくない世界」

 

 日常に戻ったモンフェルメイユの団地で展開されていく『レ・ミゼラブル』の物語は、基本的に3人の地元警察官を中心に語られていくが、そこでは警察、団地の子供たち、地域の商売を仕切るリーダーとその取り巻き、地域の精神的(宗教的)リーダー、コミュニティのさらに外側にいるロマ人のサーカス団などなど、複数の立場がフラットに描かれている。


1996年の公開時に日本でも話題になったマチュー・カソビッツの『憎しみ』では、同じくパリ郊外の団地を舞台に、白人&キリスト教のフランスの内側を代表する権力(=警察)と、その外側にいる若者たちの対立が鮮烈に描かれていたが、その24年後の『レ・ミゼラブル』のフランス社会にはもはや内側も外側もない。警察官の3人もそれぞれ信条や態度が異なるし、子供たちの間にも当たり前のように対立や分断がある。冒頭のワールドカップ優勝時の歓喜のシーンから、あるいはモンフェルメイユで生まれ育ったラジ・リ監督のアイデンティティーから、団地の子供たちに共感を示した作品なのかと思っていると、その見当は作品の途中で裏切られることになる。


 本作に主人公がいるとしたら、それは地元警察に新入りとして転任してくるステファンだろう。ステファンが代表しているのは、「部外者」であり「傍観者」でもある観客の視点だ。彼は団地の住人たちの貧困の中にある多様性、そこでの商売や宗教のルール、そして彼らに対する同僚の警官たちの高圧的で差別的な態度に驚き、一体なにが正しいのかを自問自答することになる。一方、監督の視点を代表するのは、子供たちの中でちょっと浮いていて、いつも一人でドローンを駆使して団地の人々の営みを映像で記録している少年のバズ(監督の息子が演じている)だろう。バズは何が正しいかをジャッジすることにはなく、ただモンフェルメイユのありのままの姿を記録しているだけだ。やがて、それは大きな災いのきっかけとなっていくわけだが。

ラジ・リ監督が描く、
“レミゼじゃない”『レ・ミゼラブル』



 驚かされるのは、そうした複雑な視点が交差する物語を一切焦点がブレることなく描ききることに成功した本作が、監督・脚本のラジ・リにとって初の長編作品であるということだ。ラジ・リは、キム・シャピロンとロマン・ガヴラスが起こしたアーティスト集団Kourtrajméのメンバーとして1995年に活動を始め、10代の頃から数々のドキュメンタリー作品の制作にも取り組んできたアーティストだ。

 ラジ・リにとって初のフィクション作品でもある本作が、ミュージカル作品としても広く知られる19世紀の文豪ヴィクトル・ユゴーの小説と同じタイトルなのは、同小説の主人公ジャン・ヴァルジャンが少女コゼットを迎えにいく土地が、19世紀初頭の同じモンフェルメイユだからだ。近代西欧社会史上初の民衆による革命となった18世紀末のフランス革命を成し遂げた後も、極端な格差社会が続いていた当時のフランス。ラジ・リは、あえてその誰もが知る文学作品と同じタイトルを本作に冠することで、そこからさらに200年が経っても、フランス社会の抱える問題の本質は何一つ変わっていないことを示唆しているのではないだろうか。

 ヴィクトル・ユゴーの『レ・ミゼラブル』のクライマックスが1832年の六月暴動であったように、本作『レ・ミゼラブル』でも終盤にまったく予想のできないかたちで、ある出来事から「暴動」へと発展していく。そのショッキングな暴動の中身については是非劇場でその目で確かめていただきたいが、周知の通りフランスでは、ちょうど本作で描かれている2018年夏の直後から黄色いベスト運動が国内全土で起こり、現在まで収拾がつかない状態となっている。革命、暴動、つけ加えるならワールドカップの熱狂も、その背景には常に格差社会、移民問題、人種問題などが複雑に入り組んでいるフランス社会。「何が正しいのかわからない」、あるいは「もしかしたら誰も正しくない」という点で、その複雑さは増すばかりだ。


 分断された社会、そしてそれがもたらす災いを描いた『ジョーカー』や『パラサイト 半地下の家族』が世界中の映画賞を席巻し、ここ日本でも数多くの観客を動員している昨今。昨年のカンヌ映画祭で審査員賞を受賞し、今年のアカデミー賞でも『パラサイト 半地下の家族』と並んで国際長編映画賞にノミネートされた本作『レ・ミゼラブル』もまた、同様のテーマを持つ最前線の映画の一つだ。24年前、『憎しみ』を観た日本の観客の多くは(自分自身も含め)傍観者として作品に接していたように思う。果たして、本作『レ・ミゼラブル』を観終わった後も傍観者のままでいられる日本人はどれだけいるだろうか?


『レ・ミゼラブル』公式サイト

『レ・ミゼラブル』は2月28日(金)より全国にて公開。

<提供:東北新社>
《text:宇野維正》

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