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「こじらせるだけ、こじらせて」元祖“こじらせ女子”が贈る応援歌…映画『受難』

天涯孤独で修道院育ちの汚れなき乙女の大事な部分に、ある日突然、人面瘡ができてしまうという、奇想天外な設定で話題の映画

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『受難』-(C)2013姫野カオルコ・文藝春秋/「受難」製作委員会
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  • 『受難』-(C)2013姫野カオルコ・文藝春秋/「受難」製作委員会
  • 『受難』チラシビジュアル -(C)2013姫野カオルコ・文藝春秋/「受難」製作委員会
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天涯孤独で修道院育ちの汚れなき乙女の大事な部分に、ある日突然、人面瘡ができてしまうという、奇想天外な設定で話題の映画『受難』。本作でメガホンを取った吉田良子監督が、自身も本作のヒロイン同様、列記とした“こじらせ女子”だったようだ。

『受難』は、独特な筆致とテーマ設定で人気の作家・姫野カオルコの直木賞最終候補作となった小説の映画化。修道院生活で慎ましい生活を送っていた岩佐真悠子演じる無垢な女性・フランチェス子が、生まれて初めて“性”に興味を持ち始めた矢先に、局部に人面瘡が現れ、日々「お前はダメな女だ!」と主人である彼女を罵倒するという、凄まじいインパクトの物語が展開する。

本作で監督を務めるのが、“美容師→OL→映画監督”という異色ともいえる経歴を辿った吉田良子監督。元々映画が好きだった吉田監督は、働きながらも映画への夢が捨てきれず、映画学校に入学し映画作りの道へ。

2004年、長編映画『ともしび』でデビューした後、2011年には新進気鋭の女性監督3人がそれぞれの視点で現代女性の愛とセックスを描き出す「ポルノチック」シリーズの1作『惑星のかけら』を手がけた。

そんな吉田監督の最新作が、“あそこに人面瘡ができてしまう”という奇抜な設定の本作。姫野カオルコさんの原作を読み、処女である主人公・フランチェス子に共感したと語る吉田監督は、自身も29歳まで交際経験がなく、「自分なんて誰も好きになってくれない!」というまさに監督自身が”こじらせ女子”だったのだ。

当時、吉田監督が持っていた「男性に受け入れてもらえない」「私なんてどうせ…」というジレンマは本作にも盛り込まれている。ヒロインのフランチェス子については、「彼女の場合、“こじらせ”っぷりが突き抜けていて、『私が男性に受け入れられないのは、当然のことでしょう』というスタンスが気持ちいいんですよね」とその突き抜けた感性に共感。だからこそ、「そんなフランチェス子を実写化するにあたり、私なりに希望を持たせてあげたかったんです」と本作のテーマについて話した。

いま世の中には、恋愛に対して常にエンジン全開の、いわゆる“肉食系女子”が増加中といわれているが、監督は自身をあまり感情をむき出しにしない「省エネタイプ」の女子と分析する。「自分なんかどうでもいいんです(笑)」と、やや自虐的ともいえる話しぶりだ。

だがそんな監督も、現在36歳を迎え、「やっと自分を受け入れることができるようになった」という。映画を通し、「いっそ、こじらせるだけ、こじらせてみてもいいんじゃないかな。結局他人にいうことなんて他人事なんで、人と比較しない自分なりの“幸福感”ってあってもいいんじゃないかと思いますね」と、元こじらせ女子・代表として恋に悩む現代女性たちにエールを贈る。

見事に転身を果たした異色監督が描き出すのは、官能映画の範疇を超えた、こじらせ女子たちへの“応援歌”かもしれない。

『受難』は12月7日(土)より全国にて公開。
《シネマカフェ編集部》

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